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インド(ラダック)旅行記-#3

ダライラマ法王ゆかりの地

主な訪問地:タクトク~チェムレ~ヘミス~ティクセ~レー

この旅最高地点の標高約3900mのタクトク・ゴンパからスタートし、岩肌にへばりつくように建つチェムレ・ゴンパ、ラダック最大の僧院ヘミス・ゴンパ、そしてラダック一の経営手腕を持つティクセ・ゴンパを巡る。帰りには、シェイ王宮のふもとの岩に彫られている金剛界五仏(ギャワ・リンガ)の磨崖仏も見学。

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ラダック旅行4日目 レー~上ラダック(タクトク・チェムレ・ヘミス・ティクセ)

富士山より高いタクトク・ゴンパ

7時半起床。外を見るとなんと雨。
けっこうな降り方をしていましたが、そんなに長くは降り続かないという山名さんの言葉を信じて出発。
その言葉の通り、しばらくすると薄日も差してきました。
今日は上ラダックの観光です。
インダス川を右に眺めながら、まずは標高3900mのところにあるタクトク・ゴンパへ。途中、帰りによるティクセやチェムレなどを通り、どんどん標高を上げていきます。

羊の群れタクトク・ゴンパへの道

細い山道を進んでいくと、こんな高い場所とは思えないほど広い湿地帯が現れました。その周りに民家が点在し、なんとものどかな風景が広がっています。今まで見たことのない風景だったので帰りに写真ストップをしてもらいました。
さらに進んで富士山の標高を越えるとタクトク・ゴンパに到着。標高を聞くとなんだか急に息苦しい感じがするから不思議。
ゴンパの中庭まで続く階段をゆっくり上っていきます。

タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ
タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ

=====ガイド=====
タクは岩、トクは天井を意味し、標高約3900mにある。
18世紀に、インドに併合される前の最後から2番目に作られたニンマ派のゴンパ。
最後はリゾン。
ニンマ派は一番古い宗派で、グルリンポチェ(パドマサンヴァバ)が開祖。
ここにはグルリンポチェが瞑想した洞窟がある。
チベット歴の9月には、タクトク・チェチュというお祭りが開かれる。
チベットからカトー・リグジン・ツェワン・ノルブーという高僧がきて、まず、小さいお堂を洞窟の前に作った。
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グルリンポチェが瞑想した洞窟があるダクプクへ入ります。
洞窟の前の小さなお堂には、壁一面に仏画が描かれていました。

タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ
タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ

=====ガイド=====
洞窟の中はちょっと寒いけど、冬は暖かい。雨が降ると岩から雨水がしみだしてくる。
ご本尊はパドマサンヴァバ。
グルツェンゲ(パドマサンヴァバの八変化)がある。
シンゲ・ドンマ(女性の行者)のパドマ・ティンレは、もともと王族の関係者で、出家してカトー・リグジン・ツェワン・ノルブーの弟子になりこのゴンパを作った。

タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ
タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ

パドマサンヴァバが瞑想した洞窟はずっとしまっていて入ることはできない。
グルツェンゲの壁画があるが、すすで汚れている。
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全体的にすすで黒くなっているせいか中はかなり暗く、天井は岩がむき出しになっていてお金がペタペタ貼ってあります。
正面奥にグルリンポチェが瞑想した洞窟があり、その入口のドアは閉まっているのですが、ドアと岩に隙間からちょっと中を覗くことができました。

タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ

一旦外に出てウゲェン・ポタンへ。
途中には、キッチンやバターランプ小屋があります。

タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ
タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ

=====ガイド=====
お坊さんの位によって座る位置が決まっている。

タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ

ご本尊はパドマサンヴァバ(忿怒の形に変化)。
左にいるのが観音菩薩。

タクトク・ゴンパ

トルマ(バターで作られた法要で使うもの)は法要のあと壊してしまうので、このように残っているのは珍しい。
形は決まっていて、例えば、穏やかな顔のを作るときは白色を、忿怒のときは赤色を多く使って作る。

タクトク・ゴンパ

壁画には、スタクナにもあったグルリンポチェの25人の弟子やタクトクだけの守護神ドルジェ・ラプテンマ、お釈迦様とその息子のマザタムスム、弥勒菩薩、ツォンカパ、ロンチェン・ラプジャムパーなど、宗派に関係なく描かれている。
布で隠されているのは力の強いマモ。
描かれている壁画にはすべて大乗仏教の意味がある。
デコレーションはひとつもないが、色彩豊かな絵が多い。

タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ
タクトク・ゴンパ
タクトク・ゴンパ

日本のすきやき(パルダンさんの冗談で色々なものが入っているから)のような絵は、ハイタントリックの教えで、人間の欲望となるものを表していてる。こういうのを全部なくさないとお釈迦様の教えを実践することはできない。
目、耳、鼻、舌、体の五つ。これを全部差し出して教えを実践していきますという意味。
骸骨はチチパティ(墓場守)で、仏教では永遠のものを表している。
見た目とか物とかいうのは永遠に続くものではなく、人間の最後に残るものは骨なのでそういうものを欲しがってはいけないという意味。
またお墓の守り神なので、亡くなってお墓に入るときに描かれる。

タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ

教えの実践のひとつとして、一日に三回は、自分の命は永遠のものではないということを考える。
そして、いつ死ぬかわからないので常によい行いをするよう実践する。
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さらに新しいドゥカン・サルパへ。
ここには35仏のタンカとパドマサンヴァバの像があります。

タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ
タクトク・ゴンパ

お堂の外に出ると、遠くまで見渡すことができました。
残念ながら再び雲が垂れ込めてきて結構寒い。

タクトク・ゴンパタクトク・ゴンパ

タクトク・ゴンパを後にし、何度か写真ストップをしてチェムレに向かいました。

タクトクタクトク
タクトクタクトク

チェムレ・ゴンパ

遠くに岩肌にへばりつくように建つチェムレ・ゴンパが見えてきました。
これは圧巻です。

チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパ

山道を登ると麓の村を見渡すことができました。
まずは、壁画が素晴らしいパドマサンヴァバ・ラカン(グルリンポチェ・ラカン)へ入ります。

チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ

=====ガイド=====
本当は、チェムレやチェムデではなく、チェデ。もともとは地方の王宮。
16世紀にタクツァン・レーパ(ターバン巻いてる人)がゴンパに改築した。タクツァン・レーパはこのあたりに4つのゴンパを作ったが、そのうちのひとつ。
もとは王宮だったので、千体仏があっただけで、壁画は描いてなかった。
チェムレに属する分院があるが、お祭りのときなどはそれぞれ行き来して行う。

パドマサンヴァバは「蓮華生」と書く。
「蓮華生」と言われるのは、蓮華の花から生まれてきたから。
メインのパドマサンヴァバの像は17世紀に作られた。
パルダンさんが初めて来たときは、まだこんなに大きなお堂ではなく、ご本尊と忿怒尊、カンドゥシンゲドンマ、パドマサンヴァバの奥さん二人の像しかなかった。
後に広くしていくが、まず、カンロムチュスム(グルリンポチェ、ティソンデツェン、シャンタラクシタ)が置かれ、さらに、グル・ツェンゲ(グルリンポチェの八変化)が納められたうえで、お堂を広げていった。

チェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ

壁画には宗派に関係なくすべてのものが描かれている。
なので、パルダンさんが若い僧侶に教えるときはここへ連れてくる。
ドゥカンの壁画を描くときはルールがあり、三十五仏と十六ラカンは必ず描かなければならない。
16ラカンとはお釈迦様の時代に、その教えを完全に守って実践してきた人。
なぜ描くかというと、そういう人たちを目で見てその教えを改めて認識するため。

チェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパ

仏教徒が守らないといけない規則というはたくさんあって、大人の場合252、小坊主さんは35くらいのルールがある。
その中には、殺生、窃盗、姦淫、詐称はしてはいけないという4つの基盤があり、これを少しでも守れなかったら出ていかなければならない。

35仏の隣には、ハイタントリックの教えが描かれている。
真ん中にチャクラサンバラ(勝楽:チベットだけで広がった究極の教え)、両脇の赤いのはパドマサンヴァバの忿怒尊、トップのがサマンタバドラ、その左が薬師如来、ヘーヴァジュラのシンプルフォーム、青いのがバジュラキラ、緑のがグリーンターラー、バジュラサット、グヒヤサマージャ(秘密集絵)、ワユパティヤマ、カーラチャクラ(時輪金剛)、ドゥカルのシンプルフォーム、バジュラヨーギニ。
菩薩エリアには、真ん中:金剛手菩薩、左上:文殊、右上:観音、馬頭観音。

チェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ

ハイタントリックの絵は足元に人を踏んでいるがこれはエゴの象徴。
エゴをなくすのが最終的な目標なのでそれを表している。

チェムレ・ゴンパ

以前、ダラムサラにアメリカの女性が来たとき、たくさんのお金を寄付してくれた。完成したという連絡を受けて再び彼女が訪れた。そのとき、絵に描かれている足の下にいるのは誰だと聞いた。
お坊さんはそれは「I」(自分の中のエゴという意味で)と答えたら、その女性は自分のことだと勘違いして怒って帰ってしまった。しかし、ホテルでよく考えてみたらその意味に気づき謝りにきた。

たくさんの教えがあるが、もし時間があるならすべてをやったらいい。しかしない場合は、何かひとつのものをやるのでもいい。
パルダンさんの場合は、カーラチャクラ、グリーンターラ、バジュラサット、バジュラバイラヴァを毎日実践している。

護法エリアには、ツェリンマ、獅子文殊、チャクマル、ザ、カラスの顔のマハカラ、馬に乗ってるパンデンナモ、カギュ派の守護神ゲゲンニョンカ、チティパティ、四天王、観音菩薩。
自分の中のエゴをすべて無くすということを象徴して描かれている。

チェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパ

その隣の壁には、真ん中:金剛サッタ(教えの実践を間違った時にマントラを唱えて懺悔すると守ってくれる)、上:阿弥陀、左下:ナムギャルマ、右下:白ターラーがいる。
阿弥陀とナムギャルマ、白ターラーの3人はツァラナムスムと言われ長寿を意味する。
上にいるのはもっとハイレベルな人たちで、カギャとゴンドゥス。

チェムレ・ゴンパ

ロングライフの教えもラマから教わるが、教わっただけではだめでちゃんと実践しなければ意味がない。
長生きをしたければ、まずは自分が他のものを殺生しないようにする。

金剛界の五仏(大日・宝生・阿弥陀・不空成就・阿しゅく)がいるが、いろいろな教えの中で、ヨガタントラ(金剛界曼荼羅)までは中心の尊格は大日が多い。
そこからは阿しゅくが多い。
真ん中:阿しゅく(手を下にして下から上がってくる悪いものを押さえつけている)、左下:大日、左上:宝生、右上:阿弥陀、右下:不空成就

チェムレ・ゴンパ

金剛界5仏の教えは非常に重要なもので、仏教の中で一番ベースになるもの。
この教えを実践して自分のものにすることなしに、ほかのハイレベルな教えは実践することはできない。
たとえば大日如来の頭にあるノルブ(宝珠)も金剛界五仏をイメージしている。
欲・無知・憎しみなどエゴにつながる要素をなくして五仏の智慧を自分のものにする。
金剛界五仏なしに、仏陀や菩薩の存在はありえない。逆に、仏陀や菩薩の存在があるのは金剛界五仏がいるから。
このようにいろいろな教えは密接につながっている。
もっというと森羅万象すべてがつながっていて、どこか一つが独立して存在することはありえない。

16ラカン
真ん中:阿弥陀、左:観音、右:金剛手(ピースフルフォーム)。
お釈迦様の信頼を得たトップの人たち。

チェムレ・ゴンパ

インドの人たちだが、着ているものは中国のもの。
なぜかというと、描かれている内の一人がハッシャンというとても慈悲にあふれた中国人で、あるとき彼がみんなを中国に招待した。
そして3か月くらいそこで過ごし、教えを広めていった。
季節の移り変わりで寒くなると中国の服をみんなに進呈し着てもらっていた。
いざ帰るときになって、わざわざ来てもらったお礼として中国人がみんなの絵を描いた。
そのとき着ていた物が中国の服で、その後、この絵がチベットに逆輸入的に入ってきたためこのような図柄で広まっている。

ハッシャンのまわりにたくさんの子供たちが描かれているのは慈悲深いという意味。
16ラカンのおつきの人は観音菩薩の生まれ変わりと言われていて、16ラカンが安全に旅ができるように取り計らっていた。
なぜ観音菩薩の生まれ変わりと言われているかというと、常に阿弥陀の下に描かれているため(観音菩薩は阿弥陀の弟子だから)。

チェムレ・ゴンパ

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一旦外に出て階段を下り、ドゥカンへ。

チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ

中に入ると思わず息をのむような壁画が描かれていました。
さきほどのパドマサンヴァバ・ラカンに比べると色は褪せていますが、なんというかその分迫力があります。
ここには、チャクラサンヴァラ曼荼羅、アクショービヤ曼荼羅、壁一面の千仏などが描かれており、タクツァン・レーパの像と五代目の生まれ変わりの写真、タンギュール(225)などがあります。

チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ
チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパ

チェムレ・ゴンパの見学はこれで終わり。
ゴンパのある高台からは麓の村を見渡せます。
このあとはその麓にある小川のほとりでランチ。ランチボックスの中には、サンドイッチやゆで卵、バナナ、お菓子などが入っていました。
やっぱりこういうところで食べる食事は格別です。

チェムレ・ゴンパチェムレ・ゴンパチェムレ
チェムレチェムレチェムレ

ラダック最大の僧院ヘミス・ゴンパ

ランチの後は、いよいよラダック最大のゴンパ、ヘミス僧院へ。ドゥク派の総本山です。
駐車場から結構な階段を上って入口に到着。息が切れてたまらない。
中に入ると広い前庭が広がり、大きな僧院が聳えていました。確かに今まで見てきたゴンパとは規模が違う。

ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ

=====ガイド=====
標高3700m弱。
ラダックで一番大きくて、一番大切にされているゴンパ。
建立は16世紀で、シンゲン・ナムギャルの時代。
先ほど訪れたチェムレ・ゴンパと同じく、シンゲン・ナムギャル王がタクツァン・レーパに王族の土地を分け与え、建ててもらったもの。
王族のためのお寺なので、昔から王族と強いコネクションがあり、ものすごい力をもったお寺になっている。
そのため、ラダック全土の人々がお参りに来たり、土地や財産を寄付したりしていて、今でもラダック各地には、ヘミス・ゴンパの土地がある。

一番賑わっていたころは、500人くらいの僧侶がいたが、今はだいぶ少なくなって150人くらいになっている。
夏にやるヘミス・ツェチュというラダックで一番大きなお祭りのときは、観光客があふれかえり、地元の人たちははじに追いやられてしまう。
パドマサンヴァバのお祭りだが、彼は申年なので12年に一度のその年には、ひときわ盛大に行われる。
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まずは、ドゥカン・チェンモから見学。

=====ガイド=====
メインのドゥカンで現在修復中。
ヘッドラマはドゥクチェン・リンポチェ。
彼の写真が飾ってある玉座は中央で、その右側がタクツァン・レーパの玉座。
この写真は先代の(先代とは今の代のこと)だが、チベットにいた方で、今は還俗して会社をやっているらしい。
他にドゥクチェン・リンポチェの初代、先代、二代目、三代目の像がある。

ヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ

リンポチェが亡くなると、49日後に生まれ変わり、その魂が転生した赤ちゃんがドゥクチェン・リンポチェとして生まれてくる。すると、その赤ちゃんを探す捜索隊が組織され、占いや各地から入ってくる情報をもとに探しに行く。最初は完全な旅人を装って調査をし、これはいけるとなったら正式な団体を組んでその家に赴く。
その段階でもいろいろな候補がいるので、最終的には亡くなったリンポチェが普段使っていたものを当てさせるとか、知り合いを連れて行き話をさせたりして決定する。
もし本当の生まれ変わりなら、使っていたものはわかるし、知り合いだった人との話も辻褄があう。
その結果認定されたらお寺に行って、徹底的な英才教育を受けることになる。

リンポチェとは尊い人という意味。そういう人たちをトゥルクと呼ぶ。
トゥルクはリンポチェだが、リンポチェが全員トゥルクとは限らない。トゥルクは日本語で「活仏」と書き、何代も生まれ変わる人のこと。

タクツァン・レーパ像。
もともとンガワン・ギャムツォという名前で、王族に迎えられる前に彼の師匠から「アフガニスタンとかに行って来いと」と言われ、その方面の仏教の様子を見ながら旅をしていた。しかし、当時はそのあたりの仏教はほとんどなくなってイスラム教になっていた。
そのためチベットの僧として活動するのが危険だったので、名前をシャモナートと名乗り、ターバンを巻きひげを生やしながら旅を続けた。

ヘミス・ゴンパ

壁画は雨漏りで傷んでいたが、今回の修復で新しく描きなおす。すでに一部は描き終った。
グル・ツェンゲ(グルリンポチェの八変化)、ドルジドロ、チャクラサンヴァラ、ヘーヴァジュラ、マハチャクラ、ワユパティヤマ、カーラチャクラなどが描かれている。
グルリンポチェのタンカもあり。

ヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ

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次はパドマサンヴァバ・ラカン(グル・ラカン)へ。

=====ガイド=====
ここも修復中。
恐らくラダックで一番大きなグルリンポチェの像。
いろいろな変化の中でこれは中間の半笑いの顔をしている。

ヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ

右手にはドルジ(力の象徴)、左手には頭蓋骨の器(永遠のものはないという象徴)。骨の上にはポットがあってアムリタ(甘露水)という不老不死の水が入っている。
不老不死になりたい人はたくさんいるが、もしそうなりたければきちんと教えを受け止めて、アムリタを飲むに値するようになったら飲むことができるとされている。
左側に抱えている槍のようなものは、秘密の奥さんを表している。
そして上の3つの顔は上から過去・現在・未来を、一番上の矢尻のようなものは仏陀の3つのボディーを表している。

ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ

仏陀の3つのボディーとは、ダルマカヤ、サンボクカヤ、ニルマンカヤのこと。
ダルマカヤというのは、仏陀の精神的な部分の全体のイメージ、サンボクカヤは、悟りを開いて涅槃のところにいる仏陀のスタイル(私たちがいるこの世界で見ているような姿はしていない)、ニルマンカヤは、私たちがこの世界で像とかタンカで見ているスタイル。

仏陀は仏陀ランドにいるが、あえて私たちがよく見る姿で現れ、教えを説き自分たちを救ってくれようとしている。
例えば蓮の花とともに表される観音菩薩の姿は、人間の世界に救いに来てくれたとき姿で、観音の浄土のポタラにいるときのスタイルとはまた違い、ポタラの方が本当の姿。
ポタラとはチベット本土にあるポタラ宮のポタラだが、観音菩薩の生まれ変わりとされるダライラマ法王の住居だからポタラと名付けられた。
持っているものすべてがそういうのをシンボリック化したもの。

壁画には、グルチェンゲの4体分、パドマサンヴァバ、パドマゲルポ、ドルジェドロ、35仏の半分、タクトァン・レーパ、マルパ、マルパの弟子のミラレパ、タポラジェなどがある。

なぜミラレパは緑色をしているのか。
もともと彼は悪人だったが師匠にあって改心してものすごい修行をした。その修行した場所が洞窟で、コケばっかり食べていたためその色になった。
またミラレパは吟遊詩人でもあり、自分のティーチングを歌にのせて広めたが、その教えをちゃんと聞いて口ずさんでいるか、耳に手をあてて聞いている。

ヘミス・ゴンパ

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次に、今まさに絵を製作中というラカンに入れてもらいました。
そこで弟子を率いて描いていたのが、チベット仏画の絵師として有名なツェリン・ワン・ドゥさんという方。
この方は、タクトクやチェムレの壁画も手掛けた第一人者だそうです。

ヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ

実際に壁に描いている現場は初めて見たのですが、下書きの段階からすばらしい。
そして色が入るともう今にも動き出しそうな感じです。
年季が入っているのも迫力があって好きですが、きちんと描かれた新しいのもまぶしいくらいの鮮やかさで素敵。

ヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ
ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ

いや~こうやってあの素晴らしい壁画が描かれていくんですね。いいものを見させていただきました。

続いて新しくできたらしい博物館を見学。山名さんが以前来たときはまだなかったそうです。
中の写真撮影は禁止。仏像やタンカなどが並び、マニアには見ごたえがありそうです。
入口のところにはお土産屋さんがあり、店番のお坊さんはパソコンでインターネットをしていました。
このギャップがたまらない。

ヘミス・ゴンパヘミス・ゴンパ

ティクセ・ゴンパ

来た道を戻ってティクセ・ゴンパへ。
チェムレ・ゴンパと同じように、岩山にへばりつくようにして建っています。しかしこちらは周りに高い山がないので、より青空に映えて美しい。
駐車場まで車で少し上り、そこからまた歩きで登っていきます。
色鮮やかな曼荼羅が描かれている門をくぐって少し行くと、視界が開ける場所がありました。このあたりはちょっと曇っているのですが、遠くの方には日差しが差し込んでいるのが見えます。
駆け寄ってきた子供たちと挨拶を交わし、さらに進むと、広くて綺麗なキッチンがありました。今まで見てきたゴンパの台所とは比べ物にならないくらいの大きさと充実さです。
そこを抜けるとやっとお堂の建物が姿を現し、前庭へたどり着きました。

ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ

=====ガイド=====
ちゃんと運営されている僧院の中では、ラダックで最古のゴンパ。
14世紀にゲルク派の開祖ツォンカパの弟子のシェラブ・サンポのさらに弟子のパルダン・シェラブが最初に作った。
ヘッドラマはケンポ・リンポチェ。

ここの僧院の経営はラダックで一番うまくいっている。
ここには80人くらいの僧侶がいて、そのうち45人くらいの小坊主さんが学校に行っているが、それらの費用は、寄付とかなしにすべて自分たちで賄えている。
土地の貸し出しや、ゲストハウス、お土産屋、レストランなどを経営している。
併設されている僧侶たちの食堂もとても綺麗で、老人の僧侶には食事を部屋まで持って行っている。
そのため、ここにいるお坊さんたちは、食事から衣服から何の心配もなく暮らすことができ、修行のための遠征などの費用もすべて僧院が出してくれる。
その代り、少しでもルールを破るとすぐに追い出されてしまう。
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ドゥカンへ入ります。

=====ガイド=====
毎朝7時とか8時くらいからみんな集まって、ツァンパやバター茶などを飲む。
正面の玉座はダライラマ法王、その右がケンポ・リンポチェ、左がゲストのリンポチェ用。マイクのある場所にお経を読む僧侶が座る。

ティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ

壁画について。
入口の脇には、悪いものが入ってきたらすぐに封じ込められるように守護尊たちが描かれている。
パンデンラモ、ヤマンタカ、毘沙門天、バジュラバイラバ、グヒヤサマージャ、観音菩薩、三十五仏、パンチェン・ラマなど。

並んでいる3つは、究極の教えのタントリックフォームのグヒヤサマージャ。秘密集会阿しゅく金剛(阿しゅくが金剛を持っている。金剛界の五仏。
ヨガタントラのときは大日さんがご本尊になるが、無上ヨガタントラの時代になると、阿しゅくがご本尊になる。ヤプユム(男女の歓喜仏)のメインはドルジを持っている阿しゅくになっている。
例えば剣を持っているのは金剛界五仏の中で不空成就で、ノルブ(宝石)は宝生だったり、金剛界五仏の全部のシンボルを取り入れて究極の教えになっている。
チャクラサンヴァラ(勝楽)、バジュラバイラヴァ(文殊菩薩の忿怒尊になったヤプユムの形)。これを本当にやろうと思ったら描かれている絵のすべての意味を勉強しなければならない。
阿弥陀、八大菩薩、お釈迦様、21ターラー、観音、カーラチャクラ、チャクラサンヴァラ、ヘーバジュラ、マハカラなどもある。

シェラブ・サンポ像。
彼は、ツォンカパの弟子の中で唯一ラダック出身。13世紀にチベットにいき、14世紀に戻り、ここにお寺を作って、ヌブラやザンスカールにも行った。

ティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパ

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続いてドゥカンの奥にある小さなお堂ツァンカンへ。

=====ガイド=====
ここがティクセで一番古い場所。
14世紀に作られた時にはここしかなく、4、5人くらいしか僧侶がいなかった。
仏像もみんな当時のもの。お釈迦様、弥勒菩薩、文殊菩薩、パドマサンヴァバ、ツォンカパ(ジェイツィンジンマ)。

ティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ

仏法を守るベクツェのタンカには、パンチェン・ラマの金の手形がある。
ベクツェの宮殿はみんな人間の骨で作られている。

ティクセ・ゴンパ

この辺りの僧侶は1959年より前は、より高度な勉強をするためにチベットに行っていた。
勉強のあとラダックへ戻ってくるときに、ラサからタンカとか仏像などを自分のお寺に持って帰ってきた。
そのうちの一つのもの。
チベットから持って帰るものを決めると、その人がパンチェン・ラマに会い、そのものに対して祈祷してもらえるようにお願いすることができた。
するとパンチェン・ラマは、サフランを手につけてお祈りをし手形をつける。そのあとに金をつけ、阿弥陀と観音菩薩を描いた。
このタンカはとても貴重なもので、パルダンさんも初めて見たそう。
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ドゥカンの外側にある六道輪廻図を眺め、最後にチャムカンへ。
このお堂には、ラダックで最大の弥勒菩薩(チャンバ)像があります。

ティクセ・ゴンパ

1,2階が吹き抜けになっていて、2階部分はお顔が拝めます。
頭には五如来の冠をかぶっていてとても煌びやか。内部もそんなに暗くないので、フラッシュなしでも綺麗に写真が撮れました。

ティクセ・ゴンパ

ただ、ここに限らず仏像の写真を撮るときは、仏像と自分が同じフレームに入って撮るのは禁止。仏様と一緒に写るなんていうのは恐れ多いということです。
実際、スリランカで旅行中のフランス人が仏像と記念撮影したら、宗教を侮辱したといって逮捕されたこともあるそうです。(そのときは、仏像にキスをしながら撮ったらしいですが・・)

仏像のみならず壁画も素晴らしいので見入っていたら、そろそろ閉館(?)だということで退出。見ると、カギを持った若いお坊さんが扉のところで控えめに待っていました。
お礼を言ってゴンパを後にし、少し下った駐車場の丘まで下ります。

ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ

するとそこから、ラダックの山間に夕陽が差し込む絶景が見えました。
数々の仏像や仏画を見た後のこの景色。なんだか神々しささえ感じました。

ティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパ
ティクセ・ゴンパティクセ・ゴンパ

金剛界五仏(ギャワ・リンガ)の磨崖仏

帰る途中で、シェイ王宮のふもとの岩に彫られている金剛界五仏(ギャワ・リンガ)の磨崖仏を見学。
左から宝生如来、阿しゅく如来、大日如来、阿弥陀如来、不空成就如来で、この辺りでは一番見事だとか。
後ろを振り向くと、夕暮れの空の下にシェイ王宮が見えました。

金剛界五仏(ギャワ・リンガ)の磨崖仏
シェイ王宮

今日の観光はこれにて終了。
一路ホテルへ戻り、今夜も上甲さんたちと食事をしに出かけます。

ボナペティで夕食

ホテルの部屋に荷物を置いて、上甲さんのいるHidden Himalayaへ。そして彼女おすすめのレストラン「ボナペティ」へ行きました。
昨日のレストランに負けず劣らずのおしゃれなお店で、店内は欧米人のお客さんでいっぱいです。
お任せで適当に注文してもらいましたが、出てきた料理を見てビックリ。およそラダックのイメージとはかけ離れた洋食の数々が並べられました。盛り付けも綺麗で、味もかなり美味。
カリフラワーのスープにトマトサラダ、チキンのグリルにピザ・・どれもとてもおいしかったです。

ボナペティボナペティ
ボナペティボナペティ
ボナペティボナペティ
ボナペティ

ここで、Hidden Himalayaで働いている地元の方ともご一緒したのですが、昨日お会いした時からとても穏やかな人だなと思っていました。聞くと、今まで一度も怒ったことがないとのこと。上甲さんも、彼のことを悪くいう人には会ったことがないと言うほど、なんというか、リアルな仏様のような人です。
パルダンさんといい、彼といい、ラダックという土地はすごいなと、心底感心した夜でした。

上甲さんたちと会えるのは今夜が最後。
また会いに来ることを約束してお別れしました。二日間も付き合ってくれてありがとうございました。

次は、ラダックのムーンランド(月世界)ラマユルへ

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