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インド(ラダック)旅行記-#4

ムーンランド(月世界)のラマユル

主な訪問地:スピトゥク~ラマユル~ワンラ~リゾン~アルチ

かつてパルダンさんがいたスピトゥク・ゴンパを訪れ下ラダックへ向かう。乾いた風の中を疾走し、ムーンランド(月世界)と呼ばれるラマユルでは、その荒涼とした風景の中に建つラマユル・ゴンパを訪れた。切り立った細い山道を抜けると斜面に家が立ち並ぶワンラ村が現れる。アルチへの途中に寄った山奥のリゾン・ゴンパは夕暮れになると女人禁制になるひっそりと佇む僧院だった。

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ラダック旅行5日目 レー~スピトゥク~下ラダック(ラマユル・ワンラ・リゾン・アルチ)

青空のもと下ラダックへ

朝起きて外を見ると快晴!
ここ数日ずっとぐずついた天気だったので、この真っ青な青空が目に染みます。
ホテルの部屋からは雪をかぶったヒマラヤの山々が綺麗に見えました。
たぶんこの連なりの中に、ストックカンリ(6115m)があるはず。

ヒマラヤの山々
タクトク・ゴンパラダックの雪山

ホテルの部屋はスイートなので、晴れていれば中にいてもこの眺望。
ほんとに今までの天気が恨めしい・・

ホテルからの眺め

ホテルの食堂でみんなで朝食。
山名さんが持ってきてくれた乾燥味噌汁と明太子ふりかけ、鮭フレークをおかゆと一緒にいただきます。
パルダンさんも気に入ったようでした。

朝食朝食朝食

パルダンさんはかなりの健康志向で、塩分や糖分、脂、カフェインなどはほんの少量しか摂りません。
普段は精進料理だそうですが、こういった旅先などでは、肉や魚でも出されたものは残さず食べるというのがルールらしい。
ある意味、出されても残してしまう完全菜食主義よりも、無駄が出なくていいかもしれない。
たばこやお酒ももちろんもってのほかで、ヘビースモーカーの山名さんがたばこを吸いに行くと、

ヤマナ ハ!

と言って怒っていました(笑)
そんなやりとりを見ているとなんだか親子のようです。
朝食後、3日間お世話になったホテルを出発。
スタッフの人たちも親切で人懐こく、本当に居心地の良いホテルでした。

レーのホテルレーのホテルから

今日はレーから、下ラダックへ向かいます。
ラマユルやアルチなど、ゴンパのみならず月世界のような絶景が広がる地。絶景好きの私としては、この旅行の中で一番楽しみにしていた場所です。
なので、なんとしてもこの晴天を維持してほしい。
抜けるような青空にお祈りしながらレーの町を後にしました。

パルダンさんがいたスピトゥク・ゴンパ

まずは、レーの空港の脇にあるスピトゥク・ゴンパへ。
ここは、我らがガイド、パルダンさんがいたゴンパです。

車を降りて入口までくると、ここのお坊さんたちが頭を剃っていました。二人一組になって、お互いの頭を剃ってあげるようです。
なんとも微笑ましい光景。

スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ
スピトゥク・ゴンパ

さらに階段を登っていくと、空港が一望できました。
この空港は軍事用でもあるので、そちらの方に向かって写真撮影してはいけません。遠くまで見渡せていい景色なのにもったいない。

スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ

息を切らしながら建物に到着。
最初にジョウォ・ラカンから見学です。小さなお堂で、周りの壁にはたくさんのタンカが飾ってあります。

スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ
スピトゥク・ゴンパ

=====ガイド=====
ご本尊はジョウォ・リンポチェ。
出家される前のお釈迦様で12歳か13歳くらい。
これはまだ王子のころだから王冠も立派なものをつけている。

スピトゥク・ゴンパ

仏像で有名なチベットのギャンツェで作られ、1959年にチベットが人民解放軍に占拠される3か月前にチベットから出ることができた。
左側にグルリンポチェと右側にターラー菩薩、両脇にはチョルテンがある。これらはここで作られたもの。
その左の端にある小さな仏像は全部、1959年より前に、ここの僧侶がラサで修行したあと持って帰ってきたもの。

スピトゥク・ゴンパ

ダライラマ法王と今のバクラ・リンポチェの写真が玉座に飾ってある。
この部屋は今でも他のお寺からリンポチェがきて、ティーチングを行っている。

スピトゥク・ゴンパ

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次はターラーラカンへ。
部屋には日差しが降り注ぎ、少し空いた窓からは絶景が覗いています。

スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ
スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ

=====ガイド=====
21ターラーがあり、すべてチベットのギャンツェからきた。
ここのドゥカル(顔・手・足が千ある)は、ラダックにひとつしかない。継ぎ足ししてなくて、すべてひとつの塊でできている。

スピトゥク・ゴンパ
スピトゥク・ゴンパ

ここの部屋は、偉い僧侶が来たときのゲストルームとして使われる。
写真は、左にあるのが先代のリン・リンポチェ(ダライラマの先生)と
現在のリン・リンポチェ(22歳)。
中央がバクラ・リンポチェの19代目と20代目。

スピトゥク・ゴンパ
スピトゥク・ゴンパ

スピトゥク・ゴンパは、14世紀に作られたラダックで3番目のゲルク派のゴンパ。1番目はティクセ、2番目はリキール。
ツォンカパの弟子の弟子ラマ・ナワング・ロータスが一番最初の小さなお堂を建てた。

現在は僧侶が約80人、小坊主さんは32人ほどいて、ここにある学校に行っている。
もともと1959年より前は、ここで基礎を勉強したあと、チベットのデプンやセラなどへ勉強しにいっていた。
しかし今はチベットにはいけないので、ここでの基礎の勉強が終わった後は、レーの仏教学校に行くか、南インドにある仏教センターへいく。
現在のバクラ・リンポチェも今年の11月に南インドへ行くことになっている。
今はここの学校で勉強中。

1月にはグストルという仮面舞踊(チャム)の祭りが行われる。
この祭りは、冬の祭りだから観光客がいないので本当の現地の祭りの雰囲気を味わえる。
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続いてドゥカンへ。

=====ガイド=====
ここはメインのドゥカン。
スピトゥクはこのあたりの総本山。
サンカル、ストク、サブーに分院があるが、このドゥカンは分院全部のドゥカンで、大きな法要をする場合はここでする。

玉座は左:ダライラマ、右:バクラリンポチェ、手前はゲストのリンポチェ。
位によって座る位置が決まっている。

スピトゥク・ゴンパ

正面向いて左にカンギュール(お釈迦様の教えをそのまま書いたもの)、右にテンギュール(ナーランダなどの先生たちの解説版)がある。
120くらいと225あり、300年くらい前にチベット本土から運ばれたもの。

スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ

奥はツァンカンになっている。
左にあるのが観音菩薩、右にあるのが弥勒菩薩で、ガンダーラスタイルのもの。
14世紀に作られた当時のメインのお釈迦様。最初に作られたお釈迦様の胸の中に仏陀シャカムニの遺灰が入っている。それは、ツォンカパから当時の王様に贈与されたもので、その王様は、象の形に見えるこの丘に目をつけ(すでに小さなお堂はあった)、その背中にゴンパを建てて遺灰を納めた。

ダライラマ法王がいらしたとき、このお釈迦様にお祈りし、次にターラーにお参りして行こうとしたが、思いとどまり再びお釈迦様のところへ戻ってきて結局3回お祈りした。
14世紀や15世紀のツォンカパと二人の弟子の像や、第五代のダライラマ法王もいる。
第五代のダライラマ法王は、偉大なる5世と呼ばれチベットの地を作った人で、それまでの象徴とは違い宗教と政治のトップについた。
ダライラマとは大きな海という名前でモンゴルからもらったが、それをもらったのがこの5世。そこから転生を繰り返し、この間、14世は政治の部分は放棄し、現在は宗教の象徴に戻った。

スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ
スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ
スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ

砂曼荼羅のプジャをするときはバジュラバイラバを開けて法要する。
他に大きなタンカも置いてある。

スピトゥク・ゴンパ

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ドゥカンから出ると、パルダンさんが大きなカギでドアをロック。
目の前にはお祭りがおこなわれる庭と、その向こうにスピトゥクの風景が広がっています。

スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ
スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ

下に下りていくと、さきほどと同じ場所で別のお坊さんが頭を剃っていました。
天気もいいので気持ちよさそう。
お別れの挨拶をしスピトゥク・ゴンパを後にしました。

スピトゥク・ゴンパスピトゥク・ゴンパ

ラマユルまでの道のり

月世界が広がる下ラダックへ向かいます。
今までに増して荒涼とした大地が続き、なんといっても日差しの強さが半端ない。
うっかりサングラスを忘れてきてしまったのですが、日陰の車の中から外を見ているだけで目が痛くなり涙がとまりません。
このラダックの強い日差しを「ラダックビーム」と名づけ、今後その威力を肌で感じていくことになります。まずは一気にラマユルまで。
ほとんどの行程の道がとても綺麗で快適。途中、いくつかのビューポイントに立ち寄りながら進みます。
窓を開けるとカラカラの空気が気持ちいい。

■動画:レー近郊のラダックの大地

■動画:ラダックの大地

ラダックの道ラダックの道
下ラダック下ラダック

スピトゥクから約30分、インダス川とザンスカール川の合流点に到着。水の色が違うので、その境目がくっきりとわかります。
このザンスカール川が流れてくる方に行くと、冬の間凍結した川を道として歩くチャダルの場所があります。
山名さんも上甲さんもこのチャダルを経験済みですが、それは大変だったそう。下手に挑戦すると命を落としかねないとのことです。

インダス川とザンスカール川の合流点
ドライバーさんラダックの道

そこで写真を撮った後、パルダンさんのお母さんが暮らしているという家の前を通り過ぎ、その村に隣接した軍事施設の間の道を抜けていきます。
軍服を着た兵士たちが行きかいなんとも物騒な感じですが、パルダンさん曰く、このあたりの軍人と住民は良好な関係なのだとか。
ただ、何においても軍事関係が優先するので、例えば、隊列を組んで走る軍事車両に出くわしたら、それが通り過ぎるまで何十分も道の脇で待ったり、その縦列に挟まってノロノロと運転しなければならないこともあるそうです。
そしてこれから何度かそれを体験することになりました。

いくつかの村を通り抜け、ヒマラヤの雪山やインダス川を間近に見ながらどんどん山奥に入っていきます。

■動画:ラダックの村

下ラダック下ラダック
下ラダック下ラダック
下ラダック下ラダック

するとうわさの軍事車両のトラックの長い行列現れました。どうやらその先の橋を渡るのに並んでいるらしい。
仕方がないので、私たちもその列に入りますが、とにかく数が多いので、かなり時間がかかりそう。
なんだかパキスタンの旅を彷彿とさせる光景です。
結構な時間をかけなんとか橋を渡ると、向こう側もすごい渋滞。
反対側からくる車は、この優先車両の大群が通り過ぎるのをひたすら待っているようです。

渋滞渋滞

やっと渋滞を通り抜けほっとしたのもつかの間、しばらく進むとまたしてもトラックの列を発見。しかし今度は路肩に止まっていたので、動き出す前に脇を追い越して行きました。
国境に近いので仕方ないのかもしれませんが、それにしてもすごい数です。

インド軍車両の縦列

ようやくまわりに車がいなくなった頃、険しい山間に、黄色い岩がチラチラ見え始めました。
ついにラマユルに到着です。

ラマユルラマユル

ラマユル

目の前にはなんとも不思議な風景が広がっていました。
ラダックに来たらぜひ訪れたいと思っていたラマユルのムーンランドです。
その風景は、黄色い生クリームが山間に流れ込んで固まった感じ。
なんでこのようになったのかわかりませんが、この奇妙で壮大な異世界のような景色は、一見の価値ありです。

ムーンランド
ムーンランドムーンランド
ムーンランドムーンランド

さらにそこから車で少し行くと、岩山の上にラマユル・ゴンパが見えてきました。
麓には民家が立ち並び、畑仕事をしている人たちもいます。
月世界の中に佇むラマユル・ゴンパは、そのまわりの風景ととともに、今回の旅行で一番美しい僧院だと思いました。

ラマユルラマユル
ラマユルラマユル

ゴンパのある山の上まで上ると、ラマユルの村が一望できました。
五色のタルチョがこの荒涼とした風景に映えています。

ラマユルラマユル
ラマユル

そろそろお昼時なので、ゴンパのレストランで持参したお弁当をいただきます。
さすがに有名なゴンパだけあってたくさんの観光客が来ていました。
ランチボックスの中身はサンドイッチやゆで卵、果物、じゃがいも、お菓子など。

ランチボックス

レストランではチャイをいただいて、しばし休憩。
その間にパルダンさんが今までに書いた本などを見せてくれました。
そこには数年後(数十年後だったか?)のラダックの様子が、挿絵(パルダンさん著)とともに書かれていて、ちょっとコミカルで面白かったです。
十分に休んだ後、ラマユル・ゴンパの見学開始です。

ラマユル・ゴンパ

まずは小道を通って広場へ向かいます。

ラマユル・ゴンパラマユル・ゴンパ

=====ガイド=====
ラマユル・ゴンパはもともとユンドゥン・タルパリン・ゴンパという。ユンドゥンというのは逆マンジという意味。
2番目に大きいディクンカギュのゴンパ。
3~4回ほど潰れているが何度も作り直した。

6~7月くらいに行われるユンドゥン・カブギェというお祭りのときは、ゲストハウスやレストランが僧侶の控室になる。そして広場に面した壁には大きなタンカが飾られる。
お祭りはとても長くて少し退屈する。(パルダンさん談)

ラマユル・ゴンパ
ラマユル・ゴンパラマユル・ゴンパ

広場があってその下にあるのが僧坊で、丘の上にあるのは瞑想小屋。ここでの一番長い瞑想の時間は3年3か月3日。ずっとこもって一言も話さず、100万回の五体投地をしながらお経を読む。
食事はもってきてくれてぱっぱと済ませる。

ラマユル・ゴンパ

ブータンでは、それを日本人(京都のお坊さん)がやっている。
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広場の脇に、いつのまにか小坊主さんたちが集まって遊んでいました。
何をやっているのか見てみると、石で地面に何か書いています。もしかしたら勉強だったのかな?

ラマユル・ゴンパラマユル・ゴンパ

少し道を戻ってドゥカンへ向かいます。
眼下には壮大なラマユルの絶景が広がっていました。

ラマユル・ゴンパラマユル・ゴンパ

=====ガイド=====
ドゥカンの外壁には四天王、六道輪廻、僧侶が守るべきことが描かれている。
ここの壁画は、このゴンパに属するチベットで勉強した絵師が描いている。
絵の中には、例えばクツは、裏に鋲が打ってあるのはうるさくてダメだが、藁のなら静かでいいとか、シンプルなものはいいけど、派手なのはダメとか、水をくんできたらフィルターに何回かかけなさいとか、そういうルールが描いてある。

ラマユル・ゴンパラマユル・ゴンパ
ラマユル・ゴンパラマユル・ゴンパ

壁に何も描かれていないドゥカンは全ラダックの中でここだけ。
右側には祭壇がありネパールで作られた小さな仏像があるが、もともとはカンギュールが置かれていた。しかし仏像が来たから、新しいカンギュール・ラカンを作るまでの間ここに置いている。
これは間違っていて、仏像よりカンギュールの方が大事だから、本当はカンギュールの方を大切に扱うべき。
経文は手すきの紙に版木で印刷し、これは1000ページある。

ラマユル・ゴンパラマユル・ゴンパ
ラマユル・ゴンパラマユル・ゴンパ
ラマユル・ゴンパラマユル・ゴンパ

ヘッドラマは2人いて、左がチェザン・リンポチェ(インドのデラドゥンにいる)、右がチュンザン・リンポチェ(チベットにいる)。
手打ちで作られた珍しいグル・リンポチェの像。
他にジクテンゴンポ(お釈迦様の12~13歳の姿)、ティンレイザンポ(有名な行者)、お釈迦様とお弟子さん、ドゥンマ・クンガ・タクパ(ラマユルとピヤンのお寺を作った)の像がある。

ラマユル・ゴンパ

ドゥカンの洞窟にある仏像は、ティロパ、ナロパ、ミラレパ。
ナロパがカシミールからザンスカールに修行に行くときにここに立ち寄ってこの洞窟で瞑想した。

ラマユル・ゴンパ

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ドゥカンの奥にあるゴンカンへ。

=====ガイド=====
ゴンカン(護法堂)はドゥカンに併設されていることがほとんで、本来は女人禁制。
悪いものから仏教を守るプロテクターが納められている。
ここは力が強いので、マハカラの目が隠されていたりする。
50年くらいたっているトルマがあり貴重なもの。

ラマユル・ゴンパ

他にいろいろな観光客がもってきた人形などもある。
銅像はマハカラ、チャクラサンヴァラ、アプチ、お釈迦様、毘沙門天、ダルマパーラ、ツェマラなど。

ラマユル・ゴンパ
ラマユル・ゴンパラマユル・ゴンパ

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ラマユル・ゴンパを後にし、その麓に広がる集落の間を抜けていきます。人の気配はなくなんともさみしい雰囲気。
しばらく下るとタルチョが飾られたシンゲガンの入口に到着しました。
パルダンさんがカギを開けて中に入ります。

ラマユルラマユル
ラマユルラマユル
シンゲガンラマユル

=====ガイド=====
ローツァワリンチェンサンポの弟子の弟子くらいのときに作られたものと考えられている。
彼は大翻訳家でローツァワというのは翻訳する人という意味。
当時の仏教の中心地カシミールでサンスクリットの経典をチベット語に翻訳しチベットに持ち帰った。ラダックの仏教の歴史の中でとても重要な人物。
その人の作ったお寺というのは特徴があり、浮き出るような像というのが多い。
正面(白):大日、左下(青):アシュク、上(赤):阿弥陀、右下(黄):宝生、右上(緑):不空成就。
この色は絶対。

シンゲガン
シンゲガン
シンゲガンシンゲガン

壁には金剛界五仏の大日の曼荼羅や阿弥陀、千手観音、観音菩薩など描かれているが、去年おととしくらいに雨が降って流されてしまった。

シンゲガン
シンゲガン

その右奥はゴンカン。
マハカラ、パンデンラモ、ギャホ、テハ、チチパティなどがいる。
あとで作られた新しいところ。

シンゲガンシンゲガン

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ラマユルからワンラへ

シンゲガンからゴンパのほうには戻らずに、集落の中を抜けていきます。
石造りの家とか谷とか険しい山とか、なんだか宮崎駿の映画の世界のよう。
途中、マニ石を見たり書いたり、ロバに威嚇されたり、ヤクをちら見しながら車に戻りました。

ラマユルラマユル
ラマユルラマユル
ラマユルラマユル
ラマユルラマユル
ラマユルラマユル

ラマユルを去る前に、ラマユルを一望できる高台に寄ってくれました。
荒々しい岩山に囲まれた谷に日差しが射し込み、本当に美しい。これは一生に一度は見るべき風景のひとつだと思いました。

ラマユル
ラマユル

ラマユルを満喫したあとは、再びムーンランドを通ってワンラヘ向かいます。

月世界月世界

道は、地理的にも近いせいか、パキスタンのカラコルムハイウェイにそっくり。
いたるところで崖崩れが起き、工事をしていました。
しかし、綺麗に舗装されている箇所も多く、こちらの方が快適。

下ラダック下ラダック
下ラダック下ラダック
下ラダック

険しい山道を抜け、陽の当たる清流に出るとうってかわってのどかな風景になりました。
ほどなくワンラに到着です。

ワンラ近郊ワンラ近郊

ワンラ・ゴンパ

ワンラの村の脇を通って丘の上まで行くとワンラ・ゴンパがあります。
この場所からは、ワンラの谷が見渡せました。
崖沿いに建つゴンパのマニ車を回しながらお堂の入口まで向かいます。
お坊さんに鍵を開けてもらって、小さな入口から中へ入ります。内部はとても暗くてライトは必須。

ワンラワンラ
ワンラワンラ
ワンラワンラ
ワンラ
ワンラ・ゴンパワンラ・ゴンパ
ワンラ・ゴンパ

=====ガイド=====
もともと、リンチェン・サンポが創建した。
リンチェン・サンポは12世紀に西チベットのグゲ王国の僧侶で、当時の王様にカシミール行を命令され、仏典をサンスクリット語からチベット語に翻訳して持ってきた。
その後、お寺を建てたいのでもう一度行ってきてくれと命令され、25人の技術師を連れて帰り、チベット全土に108のお寺を建てた。
ここもそのうちのひとつだと言われていたが、下ラダックの王族ができる前のバッダルスキャップという豪族が、リンチェン・サンポが来たときにお金を出してここを建てたそう。
その後お弟子さんの代になって、どんどん大きくなっていった。
今ここにある形はそのあとの代のものと言われている。
なぜかというと、この壁画のスタイルはリンチェン・サンポのスタイルに似ているが少し違う。
彼は12世紀の人だが、この時代にはヨガタントラまでしかなかった。
そのあとの教えは15世紀以降に誕生したもので、もしリンチェン・サンポの時代のものならば、ここに描かれている無上ヨガタントラなどはなかったはず。

ご本尊は、十一面観音。昔のスタイルは手が8本。
ご本尊の前にあった木の枠は邪魔だから切ってしまった。
左側にあるのが観音菩薩。右側はお釈迦様(カシミールスタイル)。
お釈迦様の左には文殊菩薩、右側には金剛手。

ワンラ・ゴンパ
ワンラ・ゴンパワンラ・ゴンパ

完全な曼荼羅もあり、ご本尊が大日。
創建当時の様子やロイヤルファミリーも描かれている。
新しい代の千手千顔十一面観音や、古い代の薬師如来など。

ワンラ・ゴンパ
ワンラ・ゴンパ
ワンラ・ゴンパ

ここは三層堂になっているが上に上がることはできない。

ワンラ・ゴンパ

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ワンラからリゾン・ゴンパ経由でアルチへ

ゴンパをあとにし、集落の間を抜けながら斜面を下っていきます。
さきほど訪れたラマユルに比べると、日当たりがいいせいか、とっても明るい感じの村です。
やぎが路地をのんびり歩いていたり、村の人たちがお堂を建てたりしていました。

ワンラ
ワンラワンラ
ワンラ

来た道を戻り、再び険しい山道に入ります。
まだ少し時間があるとのことで、アルチに戻る途中で、リゾン・ゴンパに立ち寄ってくれることになりました。
私としては、「ちょっと寄り道」という感じで受け止めたのですが、ふたを開ければ結構ハードな道のりでした。
切り立った崖っぷちの細い山道をくねくねと進み、かなりの距離を走って薄暗くなったころやっと到着。

険しい山道険しい山道

小さなゲートを抜けて少し行くと、白いゴンパが丘の斜面を埋めていました。
これは美しい。
日の光が当たっていたらさぞかし輝いていたことでしょう。立ち並びかたも、なんだかとてもバランスがとれています。
薄闇にもかかわらず、ここでみんなで記念写真を撮って帰路へ。
ここのゴンパは日が暮れる前に、女性はすべて出なければならないそうです。

リゾン・ゴンパリゾン・ゴンパ
リゾン・ゴンパ

山の日暮れはとても早く、どんどん暗くなっていきます。
完全に日が落ちたころ、アルチの村に到着。
今夜のホテルは村の入り口からほど近い「ホテル・サムドゥプリン」です。
チェックインを済ませさっそく部屋へ向かいます。
山名さんの話によると、前に来たときよりレベルアップしているとのこと。以前は客室のある建物の広間のところに屋根がなかったそうです。
部屋は、かなり質素ですが、この時期に開いているホテルも少ない中泊まれるだけありがたい。

ホテル・サムドゥプリンホテル・サムドゥプリン

少し休んで夕食です。
ホテルの食堂でいただきますが、スイスから来たという団体さんなどもいて、閑散期間近でもけっこうにぎわっていました。
今夜の夕食はチャイニーズ的なメニュー。とても量が多くて食べきれませんでした。

夕食夕食

次は、荘厳な曼荼羅世界へ

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