四万温泉旅行記#1
高速バスで行く昭和レトロな四万温泉で創業500年の四万たむらに宿泊
2014年1月。高速バス「四万温泉号」で行く上州四万温泉の旅。山深い温泉郷には、「千と千尋の神隠し」のモデルともいわれる重要文化財の積善館や創業500年の老舗旅館四万たむらなどがある。温泉街は昭和の香りが漂うレトロな路地が続き、散歩するにはうってつけ。少し足を伸ばせば、小泉の滝や重文の日向見薬師堂、四万川ダムなども見られる。
1日目:東京~四万温泉
高速バス「四万温泉号」で上州四万温泉郷へ
群馬県の四万温泉に1泊2日の旅行です。今回は、楽天トラベルで宿泊する旅館「四万温泉 温泉三昧の宿 四万たむら」の「部屋おまかせプラン」を予約し、往復の交通は、別途、高速バスのチケットをコンビニで購入しました。
高速バスは「四万温泉号」というのが東京と四万温泉を約3時間半で結んでおり、往復チケットだと5000円と値段も手ごろ(片道3000円)。冬の季節(11/30~5/6の間)だと一日2便出ているのですが、せっかくなので早いほうの9時発-12時30分着のにしました(増便の方は10時40分発)。
東京駅前の八重洲通りにあるセブンイレブン前のバス停から出発。ちょっと遅れて到着したバスは、平日だけあってガラガラでした。席は自由席だったので、一番前をゲット。一人二席は余裕で使えたので、まわりに気を使う必要もありませんでした。
出発してすぐ高速に乗ると、都内で若干渋滞しましたが、そこを抜けるとスイスイと順調。途中、富士山や浅間山なども綺麗に見えました。
1時間半ほど走って上里サービスエリアで20分のトイレ休憩。バスにもトイレがついているので緊急時にも心配なし。
休憩後さらに走り、渋川伊香保ICで高速を下りて一般道を進みます。渋川駅や中之条駅などに寄り、だんだんと山深くなってきたところで、予定時刻より少し早く四万温泉郷に到着。
四万温泉郷
バスは、温泉郷の入り口から、両脇に旅館やお土産屋さんが立ち並ぶ細い道を終点まで4箇所にとまりながら進みます。
観光案内所でもある温泉協会に近いのは「月見橋」、「千と千尋の神隠し」のモデルのひとつともなった四万温泉 積善館本館や創業500年の四万たむらがある中心街は終点が便利です。
終点は四万温泉 四万グランドホテルの玄関前ですが、そこから観光案内所や月見橋までは歩いて10分~15分くらいなので、手前の月見橋で下りて温泉街を散歩しながら中心街にくるのもいいかもしれません。
終点についてまず意外だったのが「雪がない」こと。イメージでは、もうかなりの雪が降り積もった山里の温泉街だったのですが、見る限りそんな気配はありません。まわりの山の上は白くなっていますが、麓の方はまだそれほどではないのでしょう。せっかく長靴を履いてきたのに無駄になってしまいましたが、気温が低いので防寒には役立ちそう。
バスを下りて少し歩くと積善館がありました。赤い欄干の橋と古びた本館は、まさに「湯屋」のイメージ。あとでゆっくり見学に来ようと思います。
まずは、今日宿泊する「四万たむら」に向かいました。14時のチェックインにはまだ早いのですが、散歩に必要のない荷物を宿に預かってもらいます。
宿は、バス停から5分ほどの坂の上にありました。急な坂を上っていくと、その向こうから立派な茅葺屋根が見えてきて、さすがに貫禄の佇まいです。
玄関で靴を脱ぎ、畳敷きの受付に行くと、奥から、いかにも番頭さんという感じの男性が出てきました。荷物を預かってもらうだけのつもりでしたが、受付もできるということでお願いすると、名前も住所もみんな記入済みの紙が出され、サインだけ書いてほしいとのこと。
今まで泊まった多くの旅館やホテルは、受付時に全部自分で書かなければならなかったので、これはとても親切な気遣いだなと思いました。ちょっとしたことですが、これからどんな心地のよい「おもてなし」が待っているのかと期待も高まります。
老舗小松屋でお蕎麦のランチ
時刻はすでに1時近く。お腹も減ったので、1865年創業の小松屋というお蕎麦屋さんへ行きました。お店は「落合通り」という細い路地にあるのですが、この通りは昭和の香りが漂うレトロな建物が立ち並びいい雰囲気。中には、何度もテレビなどで紹介されたスマートボールの「柳屋」さんもあります。
お店に入ると、テーブルとお座敷があり、お座敷の方だけ空いていたのでそちらに座りました。私は「まいたけ蕎麦御膳」、友人は「海老天蕎麦御膳」を注文。そしてメニューに、「限定蕎麦」なるものがあったので聞いてみると、一日10食限定で出している石臼引きのお蕎麦で、追加料金でそれに変えられるということでした。今日はあと一食分残っているということだったので、海老天の方をそれに変更。
しばらくたって運ばれてきたのを見ると、石臼の方が若干色が黒っぽい。しかし、普通のも歯ごたえがあり、麺も太めなので食べ応えがあります。
天婦羅もサクサクで、塩につけて食べるのですがこれもうまい。もうこの定食でお腹一杯になってしまったので諦めましたが、そばがきも食べてみたかった。
昭和レトロな温泉街
さて、腹ごしらえもしたところで、少し温泉街を歩いてみることにしました。
四万温泉は、バスが通ってきた四万川沿いの道をメインとして、その両脇にお店や旅館が連なっているのですが、とてもこじんまりとしていて、歩いて散歩するにはぴったりの規模。
ひとまず月見橋まで行ってみることに。人通りのほとんどない通りをきょろきょろしながら歩いていると、ポツンポツンと面白いものを発見。かなりおじいちゃんなマネキンに、ATMの脇に立つ謎の木彫り、懐かしい雰囲気の看板など、もっと良く見たら他にもいろいろと出てきそうな感じ。
また、飲泉所や共同浴場などもあり、街ぐるみで観光客を迎えてくれているのがわかります。
月見橋まで来ましたが、山深い場所なので、まだ14時くらいなのに太陽の光が谷間まで届いていません。
山から吹き降ろす乾燥した冷たい風が肌をさします。
早々に折り返して観光案内所へ行きました。暖かい室内へ入ると、この街の地図やグルメ情報、周辺の見所などのパンフレットが置いてあり、なかなかの情報量。
受付のおじさんが話しかけてくれたので、いろいろと聞いていると、今日は香港からの取材クルーが来ているとのこと。そういえばさきほど、それらしい集団を見かけました。ここの案内所でも収録する予定だと言うので、じゃあおじさんも写りますねと言うと、「いや、わたしは着ぐるみ着るから」とのこと。何か四万温泉のキャラクターでもいるのかな。
その他、ここで仕入れた情報として、1月20日に「湯立祭」というお祭りがあって、それにあわせていくつかの旅館で宿泊料金が半額になるというキャンペーンをやるのだそう。
この時点で、まだ若干部屋が空いていると言っていたので、興味のある方は四万温泉協会までどうぞ。
観光案内所で教えてもらった四万川ダムと日向見薬師堂の方へ行ってみることにしました。四万たむらの裏からまわり、湯薬師トンネルを通って、ゆずりは大橋を渡ります。ここからは四万川と渓谷を見渡すことができました。どんどん山奥に入っていくと、雪の積もっている場所が徐々に増えてきます。
小泉の滝
途中、「小泉の滝」という滝が見えるポイントに。展望台からのぞいてみると、遠くの方に小さな滝が見えました。そこから四万川へ流れる水が綺麗なこと。
小泉の滝・楓仙峡
楓仙峡の途中に位置する落差の小さな滝。四万では唯一、道路沿いの滝見園地より滝を眺められ、歩かなくても滝を見ることができる場所。四万川と日向見川が合流する場所でのある。紅葉時の景色は絶景なので一見の価値あり。(案内板より)
このあたりからダムの姿が現れました。雪で覆われた橋をツルツル滑りながら渡ると、ダムへ続く道と重要文化財の日向見薬師堂への道とに分かれました。まずはダムの方へ。
四万川ダム
こちらから行くとダムの麓に着き、聳え立つ壁を見上げる形になります。案内板によるとこのダムは、堤高89.5m、堤頂長330m、堤体積516,000㎡、ダム天端標高EL769.5mで、中之条町と太田市、群馬県企業局の水道水として供給しているそう。
麓は広い公園になっていて、発電所もありました。このときは、地元の人も観光客も人っ子一人いなくて閑散としていましたが、大きな駐車場の脇から四万川へ下りれる階段もあるので夏には賑わいそう。
ダムの脇に上に続く階段があったので、せっかくだし上ってみようと近づくと、入り口が閉まっていました。
ダムでせき止められたところは奥四万湖という湖になっていて、パンフレットの写真で見ると「四万ブルー」の青色がとても綺麗。
残念ですがまたの機会に来ることにして、日向見薬師堂に向かいました。
重要文化財の日向見薬師堂
ダムから15分ほど歩くと、日向見薬師堂の門に到着。そこを抜けるとお籠堂があり、その奥に薬師堂が建っています。
日向見薬師堂
温泉の薬効から、湯前明神を祀ってきた。この木地仏は、薬師如来である。現存している棟札から、創建は天文6年(1537年)以前と考えられ、現在の堂は慶長3年(1598年)に、藤原家定が沼田城主真田信幸の武運長久を願って建立したものです。室町時代末期の繰形をよく表しているわが国の数少ない唐風建築で、組物は唐様出組、桝の形、木鼻の絵文様、渦巻きの形など当時のものをよく残しています。昭和25年8月29日国の重要文化財に指定されました。(案内板より)
薬師堂のお籠堂(おこもりどう)
薬師堂の前にあるこのお籠堂は、明治22年の「四万村誌」によれば、慶長19年(1614年)に建てられたものである。間口約4.79m、奥行き約3.66mで中央に幅約1.01mの通路が設けられている。この通路の両側は現在ガラス戸となっているが、はじめは戸や障子などの仕切りもなく開放されたものであった。
このお籠堂には、湯治客(温泉に入って療養する人)が病気を治すために定められた日数、すなわち一昼夜、7日、100日などの期間、心身を清めお籠堂に閉じこもってお経を読んだり、「南無妙法蓮華経」や「南無阿弥陀仏」を唱えたり、また、断食(食べ物を食べない)、水垢離(清水を浴びて心身のけがれをとり、神仏に祈願すること)などの荒行をすることもあったという。
いまは通路の両側にガラス戸を建て、堂の用具を保管したり、参拝者にお守りなどを授ける場所としている。
昭和60年(1985年)に解体修理を行い現在に至っている。建築年代と、構造上中央を通路にしたものは数少なく貴重な建物である。(案内板より)
薬師堂
この建物は、一重の寄棟造で屋根を茅葺としています。規模は正面、側面ともに三間です。前方二間は外陣、後方一間は内陣とし、その境に格子戸を嵌め込んでいます。建築様式は和様と禅宗様の折衷様式です。方一間の鏡天井を支える内部架構、出組の組物、粽の柱、柱頭を連結する頭貫、正面出入口の桟唐戸等各所に禅宗様の様式を見ることができます。
棟札によると、慶長3年(1598年)伊勢国鹿目喜左衛門藤原家貞が、真田信幸の武運長久を祈願して建てたものです。大工は地元出身と推察されている横尾縫殿助が担当しています。なお、堂内の厨子は天文6年(1537年)に造られたものです。
この建物は、重要文化財に指定されている県内唯一の寺院建築であり、現存の寺院建築として県内最古のものです。
薬師堂は、お籠堂とともに温泉と結びついた薬師信仰を物語る建物としても貴重なものです。(案内板より)
ツララが垂れ下がり苔むした茅葺屋根のお籠堂を抜けると、今度は黄金色の茅葺が美しい薬師堂が現れます。お堂には、あちこちにお札が貼られていたり、たくさんのしゃもじがあったり、なんとも趣があります。
御夢想の湯
このお堂の脇には「御夢想の湯」という浴場があり、観光客は午後15時まで入ることができるそう。(この温泉街の共同浴場は、どこも15時までなら観光客が入れるようだ)
御夢想の湯
永延3年頃、源頼光家臣四天王の一人、日向守碓氷貞光の夢まくらに童子が立ち、四万の病脳を治す霊泉を教えたという伝説から名付けられた古湯。また、延歴頃、坂上田村麻呂が東夷征伐の途中に入浴されたという伝説もある。四万温泉発祥の地とされている。(案内板より)
帰りは別の道を通って旅館へ行きましたが、途中には足湯もあるので、ゆっくり温まりながら散歩するのもいいと思います。また、今の時期は大丈夫だと思いますが、熊出没注意の看板や熊避けの鐘があちこちにあるので、季節によっては気をつけましょう。
温泉街について落合い通りを通っていると、スマートボールで有名な「柳屋」で、さきほど観光案内所で聞いた香港の取材クルーが撮影していました。ふと見ると、レポーターらしき女の子たちとともに、何かの黄色いキャラクターの着ぐるみが一緒にはしゃいでいました。もしかしたらアレに、「私は着ぐるみを着るので」と言っていた観光案内所のおじさんが入っていたのかもしれない。
がんばれ、四万温泉協会!
四万たむら
今回の旅行で一番楽しみにしていたのは「四万たむら」の宿泊。この旅館は、創業500年にもなる老舗温泉宿です。
旅館のまわりは「たむらの森」に囲まれとても静か。
たむらの森
■立地条件
たむらの森は海抜650mに位置し、多種の草木が自生しております。
春の新緑、秋の紅葉時には、様々な色彩を楽しむことが出来、ストレスの解消に最適です。たむらの森のオゾンとフィトンチットに満ちた空気の中で深呼吸し、ミネラル豊富な新鮮な水と天然温泉で体の「しん」から健康を取り戻しましょう。
■天然温泉
当館の敷地内に、自然湧出の源泉地が七か所あり、高温の温泉が毎分1600リッター湧出し、いずれの浴槽も、新鮮な天然温泉が掛け流しされております。
昔から、日本の三大胃腸薬の名湯と伝われており、飲泉もお楽しみ頂けます。
■水道水
当館の水道水は、上信越国境三国山脈の稲包山を源流とする、ミネラルを豊富に含んだ新鮮な水を使用しております。館内のいずれの蛇口からもフレッシュなミネラル・ウォーターをお飲み頂けます。(パンフレットより)
また、お風呂もたくさんあり、貸切1つとそれ以外に6つもあります。
・大浴場「甍の湯」
・露天風呂「森のこだま」
・幻の湯「竜宮」
・檜風呂「御夢想の湯」
・庭園露天風呂「甌穴」
・「岩根の湯」
・貸切風呂「クリスタル」
さらに、高速バスの終点「四万温泉 四万グランドホテル」も同系列のホテルなので、そちらのお風呂にも入ることができます。
四万温泉のお湯は美容液のようだとどこかで読んだことがあるのでとても楽しみ。玄関を入って受付で、荷物を預けていたことを言うと、仲居さんがその荷物を持って部屋まで案内してくれました。広いロビーをつっきり、エレベーターを2回乗り継いでさらに奥まで。
今回は「お部屋おまかせプラン」だったので、どの部屋になるかは事前にわかりませんでしたが、案内されたのは水涌館最上階のメゾネット特別室!
ドアを入ると短い廊下があり、突き当たりには階段がありました。そこを上がると、二階はベッドがふたつ置かれたベッドルームになっています。一階の和室はとても広くて大きな窓からは四万温泉が見渡せました。
ニコニコと笑顔の絶えない仲居さんのテキパキとした対応も気持ちよく、老舗旅館にありがちなヘンに堅苦しい雰囲気がないのもいい。これは気を使わず、ゆっくり休んで楽しむことだけに専念できそうです。
仲居さんが入れてくれたお茶をいただいてから、さっそくお風呂に行ってみることにしました。私たちの部屋は、旅館の中でも一番奥まったところだったので、お風呂や食事処まではけっこう遠いのですが、1泊くらいなら探検気分でその移動も苦にならないというものです。
まずは、滝が眺められる自慢の露天風呂「森のこだま」へ。エレベーターのボタンにはロビーのある一階より下は、川1、川2、川3と続き、浴場はその川なんとかの階へ下りていきます。川3階まで下りて、外の長い廊下を歩いていくと露天風呂に到着。
お風呂は誰もいなくて貸切状態でした。お湯は無色透明で硫黄臭もありません。美容液のようだと言われているお湯に浸かっていると、本当に肌がしっとりしてくるのが実感できます。
森のこだま
美しいたむらの森に響くせせらぎ、小鳥のさえずりなど、自然と一体になってお楽しみいただけますよう「森のこだま」と名付けられました。
豊富な湧出量(毎分1600リットル)と高温(83度)を誇る四万たむらならではの露天風呂で温泉の醍醐味を心ゆくまでご堪能くださいませ。(案内板より)
四万温泉の泉質と効能
古来、胃腸の名湯としてうたわれてきた四万温泉は無色透明の弱食塩泉でございます。
飲泉用として許可も受けており、胃腸にすぐれた効能を持つほか、神経痛、リウマチ、腺病質、ぜんそく等にも効き目がございます。(案内板より)
お風呂の後、夕食まで少し時間があったので館内を探検してみました。エレベーターをおりてロビーの方へ行く間にラウンジ「こてまり」があり、その向かいに食事処「山桜」、突き当たりにお土産屋さん、そこから玄関まで広いロビーになっています。
玄関を入った正面の部屋に、たむらの歴史がつまった古い調度品や仏像、写真などが展示されていました。
四万たむらの玄関
此の母屋は天保5年(1834年)、田村家10代・茂左衛門により改築されました。徳川時代は身分制度が厳しい時代でしたが、領主(沼田城真田氏)より、「湯守」の役を任せられていたので、神社・仏閣と同様な、屋根のすそが反りあがった「向破風」の玄関を建てることが許されました。
玄関を上がると、奥の部屋が一段高く「上段の間」と云い、一番身分の高い人が休まれ、次の間が、従者の控える「中の間」となっています。
槍や薙刀の時代だったので、天井が高く造られています。(説明書きより)
四万温泉の始まり
田村氏族の祖・田村甚五郎清政が四万温泉に来たのは足利時代の永禄6年で今から約550年前になります。戦国時代、此の付近一帯の中心となっていた吾妻町の岩櫃山にあった、山城として有名な岩櫃城の6代目城主・齋藤越前守基国に仕えていましたが、永禄6年、武田信玄勢に攻め立てられ、新潟に逃れるとき、甚五郎一族郎党も之に従い、路を四万山中に求めました。更に北上する城主の行く先の安全を願い、四万に留まり追っ手を防ぐことになりましたが、それが四万温泉の開基となりました。(説明書きより)
本格懐石料理
探検の後は、楽しみにしていた夕食です。食事処は「山桜」の個室に案内してくれました。掘りごたつのテーブルにはすでにいくつかの料理が並べられています。その脇には今日の御品書きがありましたが、すごい品数。
春告 御献立
一、食前酒 松の実酒
一、箸附 黒胡麻豆腐 うすい豆 ずわい蟹
一、八寸 春子鯛手毬寿司 海月梅肉和え 花豆甘露煮 有頭海老酒汐 数の子松前漬 梅花大根 菜の花昆布〆
一、お椀 雑煮椀 合鴨汐焼 管牛蒡 梅形人参 梅形大根 しゃぶ餅 どんこ椎茸 焼葱 柚子
一、向附 季節の盛り込み あしらい一式
一、御菜 名物「たむらの源泉蒸し」 鰆柚庵焼 上州麦豚 長芋蜜煮 椎茸 獅子唐
一、焚合せ 竹の子土佐煮 鰊柔か煮 梅麩蜜煮 蕗味汐
一、台の物 牡蠣鍋 白菜 大根 人参 榎木 豆腐 葱 三つ葉 粟麩 葛きり 美味汁
一、蒸し物 スッポン茶碗蒸し
一、食事 鮭飯 白瀧 油揚げ 牛蒡
一、止め椀 とろろ昆布 巻麩 三つ葉 粉山椒
一、香の物 いぶりがっこ 赤蕪 たまりらっきょう
一、甘味 南瓜プリン 梅シャーベット
四万たむら 料理人 峯田善巳
そして裏を見ると季節感あふれるあいさつ文が。
舌代 <春告>
小寒から大寒へと、暦の上ではもっとも寒い時期となりましたが、初日の出・初夢・初詣でなどなど・・・新しい年の「初」尽くしの一月。
また、七草粥や鏡開き、鳥追いやどんど焼きなどなど・・・疲れを癒し邪気を祓い、今年一年の無病息災や豊作を祈る行事に合わせ、大勢の人と相睦ぶ月でもあります。
今月の峯田のお料理は、四万の冷たい空気に凍えながら、春の訪れを待ち望む気持ちをこめたお献立となりました。
睦月ならではの雑煮椀や、走りの素材をあつめた焚き合せにも、春告草と呼ばれる梅の花形に細工した素材が見え隠れ・・・
今年もどうごご贔屓たまわりますよう、心よりお願い申し上げます。
素晴らしい~!
最後まで食べきれるか心配でしたが、いざ食べ始めてみると、どれも手が込み体に優しい料理なのでスルスルといけてしまいます。美味しいのはもちろんですが、すべてに気が使われているのが伝わってきて、本当に満足できる夕食でした。
温泉めぐり
さて、夜ものんびりとはしていられません。まだまだ入っていないお風呂がたくさんあるのです。少し部屋で休んでから、今度は大浴場「甍の湯」へ。
甍(いらか)の湯
毎分1600リットルの湧出量と83度の高温を誇る四万たむらの湯。その豊富な温泉を熱い湯からぬるい湯まで浴槽ごとにわけてございます。お好みの湯加減をお選びになり、ごゆっくりお楽しみ下さいませ。
どっしりとした瓦屋根、広々とした二層吹き抜けの浴室も「甍の湯」の象徴です。(案内板より)
広い脱衣所には誰もいませんでした。広々とした浴場には、温度別に4つの湯船があり、洗い場もたくさん。
私たちも次のお風呂へ向かいます。「岩根の湯」、檜風呂「御夢想の湯」とはしご。こちらはどちらも少し小さいですが、岩根の湯には打たせ湯と温泉蒸し風呂があり、檜風呂からは庭園露天風呂「甌穴(おうけつ)」へ行くことができます。何れも他に誰もいず貸切状態でした。
岩根の湯
昔の伝説の温泉を堪能くださいませ。蒸し風呂、打たせ湯もございます。天然保湿成分メタケイ酸がたっぷりお風呂です。(パンフレットより)
御夢想の湯
昔ながらの情緒を味わっていただくため、このお風呂には洗い場がございません。檜造りだけの素朴なお風呂でございます。その昔、碓氷日向守定光が、夢枕に立った童子から「四万の病が治る温泉」を授かったという伝説のお風呂を再現いたしました。瞑目夢想すると吉運を招くといわれています。(案内版より)
甌穴
四万川の甌穴を模した露天風呂です。(パンフレットより)
それぞれのお風呂の外には「四万の水」が飲めるようになっていて、毎回キンキンに冷えた美味しい水をいただくことができます。火照った体にはありがたい。この宿の蛇口から出てくる水は、みんなこのミネラルウォーターなのだそうです。なんて贅沢!
最後に残った幻の湯「竜宮」は、川原にあり混浴で、夜間の使用は控えるようにとのことだったので止めにしましたが、今までのお風呂でもう十分満喫です。
入浴後しばらくして、この冬の乾燥でカサカサしていた肘や膝を触ってみると、ハッキリと違いがわかるくらいすべすべしていました。ああ、このお湯、家に欲しい。