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鹿島神宮参拝-#1

天然記念物の森に囲まれた関東で最大最古の神社

鹿島神宮の要石

2013年12月。武甕槌神を御祭神とする関東で最大最古の神社、茨城県の鹿島神宮。パワースポットでも注目されたくさんの参拝客が訪れる。重要文化財の奥宮、七不思議の御手洗池や地震を鎮める要石、天然記念物に指定されている森、国家「君が代」にも歌われるさざれ石の由来、神宮のお使いとなっている鹿など、広大な森に囲まれた鹿島神宮を散策。

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御手洗~要石~奥宮~神鹿~さざれ石~本殿

年末にパワースポットでも有名な茨城県の鹿島神宮に行きました。今回は駐車場が混んでいることを予想し、御手洗池の方からスタート。

鹿島神宮の駐車場鹿島神宮の駐車場

入ってすぐのところに、東日本大震災で倒れた鳥居の跡がありました。

鹿島神宮鹿島神宮

庭の先に御手洗池があり、綺麗な水が湛えられています。

御手洗

古来、神職並びに参拝者の潔斎の池である池の水は清く美しく澄み四時滾々と流れ出てどのような干ばつにも絶えることのない霊泉で神代の昔御祭神が天曲弓(あめのまがゆみ)で掘られたとき宮造りの折一夜にして湧水したと伝えられ、大人小人によらず水位が乳を越えないという伝説により七不思議の一つに数えられている。
大昔は当神宮の参拝がこの御手洗を起点としてこの池で身を清めてから参拝するので御手洗の名が今に残るのである。(案内板より)

御手洗池御手洗池
御手洗池御手洗池

その近くの休憩処の脇の坂道を登って行き、要石方面の脇道に入ります。
木漏れ日が差し込む朝の森はとても気持ちいい。

御手洗池の休憩処鹿島神宮
鹿島神宮鹿島神宮
鹿島神宮鹿島神宮

森が少し開け、要石が祀られている場所に到着です。

要石

神世の昔、香島の大神が座とされた万葉集にいう石の御座とも或いは古代における大神奉斎の座位として磐座(いわくら)とも伝えられる霊石である。
この石、地を掘るに従って大きさを加え、その極まる所しらずという。
水戸黄門仁徳録に、七日七夜掘っても掘っても掘り切れずと書かれ、地震押えの伝説と相俟って著名である。
信仰上からは、伊勢の神宮の本殿床下の心の御柱(みはしら)的存在である。(案内板より)

要石
要石要石
要石要石

ここには一茶と芭蕉の句がありました。

要石要石

小林一茶

大地震(おおなゑ)にびくともせぬや松の花

小林一茶は文化十四年五月二十六日鹿島へ詣で右の句を詠みました(案内板より)

芭蕉の句碑

枯枝に鴉(あ:からす)のとまりけり穐(あき)の暮

穐は秋の旧字であり、この句はこの地で詠まれた句ではないが状況が似ているので建てられたものと推察される(案内板より)

元来た道を通り、重要文化財の奥宮へ。

奥宮

祭神
武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)荒魂

社殿
慶長十年(1605)に徳川家康公により本宮の社殿として奉納されたが元和五年(1619)に二代将軍秀忠公によって現在の本宮社殿が奉建されるに当たり現在地に引移して奥宮社殿となった(案内板より)

鹿島神宮奥宮
奥宮

参道を通って本殿の方へ向かいます。

参道参道

途中、鹿島神宮の鹿とさざれ石を見学。

神鹿について

鹿島神宮の御祭神である武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)様のところへ、天照大御神(あまてらすおおみかみ)様のご命令を伝えに来られたのが天迦久神(あめのかぐのかみ)という方で、鹿の神霊とされていることから、鹿島神宮のお使いは鹿となっています。
神護景雲元年(767)に、藤原氏は氏神である鹿島の大神の御分霊を奈良にお迎えして春日大社を創建しましたが、そのとき、御分霊を神鹿の背に乗せ、多くの鹿を連れて一年がかりで奈良まで行きました。
その鹿の足跡が、東京江戸川区の鹿骨(ししぼね)をはじめとして、東海道を三重県の名張まで続いて残っています。
また、鹿島も古くは香島と書いていましたが、養老七年(723)ごろから鹿島と書くようになったのは、この鹿との縁によるものでしょう。神鹿は長い間大切に保護されてきておりますが、幾度か新たに導入され、現在の神鹿はかつて鹿島から移った奈良の神鹿の系統を受けています。(案内板より)

鹿

さざれ石の由来

さざれ石(石灰質角礫岩)は石灰石が長い年月の間に雨水で溶解とその粘着力の強い乳状液が次第に小石と凝結し段々と大きくなり、ついには巌となり河川の浸食により地表に露出し苔むしたものであります。
国家「君が代」は天皇の御代の弥栄をさざれ石に託して詠んだ歌がもととなっており、天皇の大御代が千代に八千代に年を経てさざれ石の巌となりて苔のむすまで永く久しく栄えますようにという祈りの込められた歌であります。
古今和歌集巻七賀歌に題知らず詩人知らずの歌として「わが君は千代に八千代に細れ石の巌となりて苔のむすまで」とあります。
「君が代」は神事や宴席で最後に歌われる祝歌として各地に広がり浄瑠璃や謡曲にも取り入れられ朝廷から一般庶民に到るまで全国津々浦々で歌われる歌となって行きました。
「君が代」は明治二十六年日本国家に制定され大正時代ニューヨークで開催された世界の国家コンクールで特等となりました。(案内板より)

国家「君が代」
君が代は千代に八千代に
さざれ石の巌となりて苔のむすまで

国旗について
古来、日本人は太陽を信仰の対象としており国名「日本」も国旗「日章旗」日の丸も太陽崇拝に起源するものと思われる。
日章旗が国旗として扱われるのは明治以降で平成十一年施行の国旗国家法により正式に国旗として定められた。

高の辰之作詞 岡野貞一作曲
日の丸の旗 明治四十四年

一、白地に赤く日の丸染めて あああうつくしや日本の旗は
二、朝日の昇る勢い見せて ああ勇ましや日本の旗は

さざれ石さざれ石

参道は約300mあり、綺麗に掃き清められていました。
あたりは天然記念物に指定された森に囲まれています。ジョギンクや散歩する地元の人も見られました。

天然記念物
鹿島神宮の森について

最近、森林浴という言葉が話題になっています。これは緑豊かな森の樹木や草花などが発散する殺菌力のある芳香性の物質(フイトンチッド)が人間にも良い影響を与えることから、林野庁が提唱しているものです。鹿島神宮の森は、その上に極(きょく)相林といって森が到達する極限の状態でありますので、人の心をやわらげ活動をうながす精神的な仂らきもあります。
このような姿を昔の人は、神々しい森という言葉でたたえましたが、和らぎと明日への活力づくりに皆さんもゆっくりと森の香気にふれて下さい。
なお、境内の宮水である御手洗の湧水も昔から長命水といわれておりますので、この真清水をも賞味され健康で活力ある毎日をお送り下さい。(案内板より)

いばらき森林浴の道100選 №67

鹿嶋市の鹿島神宮境内を散策するコース。鹿島神宮は千古の伝統と歴史に輝く旧官幣大社で、国家鎮護の神とされている。
境内は昔から神々のいます場所として、荘重な建物の外に森を欠かせない要素として、大切に守り育ててきたため、神宮境内は県内随一のすばらしい樹叢が形成され、県の天然記念物に指定されている。
また、野鳥の数も多く、鹿嶋鳥獣保護区・鹿嶋特別保護区にも指定されている。
広大な神域には約600種に上る植物が生育し、高木から草木の下草まで、おのおのが処を得て安定した樹叢を形成している。
なお、御手洗池周辺は生活環境保全林整備事業により整備されている。(案内板より)

名所・旧跡等
鹿島神宮・樹叢・本宮・奥宮・楼門・要石・御手洗の池

主な樹種
スギ・ヒノキ・スダジイ・タブ・サカキ・モミ等

 

森を抜け本殿へ。
目の前には立派な楼門があり、本殿は正面ではなく楼門を入って右手にあります。
この時は、年始の準備が行われていて本殿の前に大きな賽銭箱が設置されていました。

鹿島神宮鹿島神宮
鹿島神宮
鹿島神宮鹿島神宮

お参りの後、再び参道を通って駐車場に向かい参拝終了です。
本当に気持ちの良い散策でした。

鹿島神宮鹿島神宮

後日、元旦に神宮の近くを通りましたが、すごい車で渋滞していました。
周辺に設けられた駐車場はどこもいっぱい。
行かれる方は早朝か、日にちをずらしたほうがいいかもしれません。

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