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上野恩賜公園散策と国立科学博物館見学-#1

上野東照宮などのお寺巡りと迫力満点の「大恐竜展」

大恐竜展

2014年2月。東京の上野恩賜公園散策と国立科学博物館を見学。博物館では常設展の他、特別展「大恐竜展」で本物の化石をたくさん見ることができた。上野公園では、重要文化財の上野東照宮や寛永時清水観音堂、不忍池に佇む弁天堂などお寺巡りも楽しめる。

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弁天堂と不忍池~寛永寺清水観音堂~五條天神社と花園稲荷神社~大佛パゴダ~上野東照宮~国立科学博物館

上野恩賜公園

国立科学博物館の特別展「大恐竜展」と企画展「砂漠を生き抜く」を見学するために、久しぶりに上野公園に行ってきました。

上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)
江戸時代初期、この地は津軽、藤堂、堀家の屋敷であったが、徳川三代将軍家光は天海僧正に命じて寛永寺を建てさせた。寛永二年(1625年)のことである。その後大きな変化もなく幕末を迎えるが慶応四年(1868年)の彰義隊と官軍の戦争により寛永寺が焼失、一面焼け野原と化した。荒れ果てた姿のままであったが明治六年一月の太政官布告により公園に指定されたことから公園地となった。
恩賜公園のいわれは、大正十三年に帝室御料地だったものを東京市へ下賜されたことにちなんでいる。その後規模・景観はもとより施設など我が国有数の都市型公園として整備された。面積六十二万平方メートル余り。
上野公園生みの親がオランダ人医師のボードワン博士。病院建設予定地であった上野の山を見て、その景観のよさから公園にすべきであることを政府に進言して実現したものである。(案内板より)

京成腺や銀座線の上野駅の方から行くと、不忍池方面から入るのですが、この日はとても天気が良くお散歩日和だったので、ちょっと寄り道しながら行くことにしました。

弁天堂と不忍池

まずは、弁天堂と不忍池へ。
日本の伝統的な社と広大な池の向こうに東京の高層ビルが見えます。
弁天堂は不忍池の中ほどに建っているのでまわりに遮るものがなく眺めがいい。

弁天堂と不忍池弁天堂と不忍池
弁天堂と不忍池弁天堂と不忍池
弁天堂

弁天堂
寛永二年(1625年)天海僧正は、比叡山延暦寺にならい、上野台地に東叡山寛永寺を創建した。不忍池は、琵琶湖に見立てられ、竹生島に因んで、常陸(現茨城県)下館城主水谷勝隆が池中に仲之島(弁天島)を築き、さらに竹生島の宝厳寺の大弁才天を勧請し、弁天堂を建立した。
当初、弁天島へは小舟で渡っていたが、寛文年間(1661-72)に石橋が架けられて、自由に往来できるようになり、弁天島は弁天堂に参詣する人々や行楽の人々で賑わった。
弁天堂は、昭和二十年の空襲で焼失し、昭和三十三年九月に再建された。弁天堂本尊は、慈覚大師の作と伝えられる八臂の大弁才天、脇士は毘沙門天、大黒天である。
本堂天井には、児玉希望画伯による「金竜」の図が画かれている。また、本堂前、手水鉢の天井んい、天保三年(1832)と銘のある谷文晁による「水墨の竜」を見ることができる。
大祭は、九月の巳の日で、巳成金(みなるがね)という。(案内板より)

なるほど~。当初は小舟で渡っていたとはなんとも風流ですね。
弁天堂の周りをまわってみると、裏側にボート乗り場があり、池を渡る小道も続いています。
毎日、池をつっきって通勤する人もたくさんいるんでしょうね。天気がいい日は気持ちいいだろうな~。

弁天堂と不忍池弁天堂と不忍池
不忍池不忍池
弁天堂

重要文化財の寛永寺清水観音堂

弁天堂の後は、その直線状にある重要文化財の寛永寺清水観音堂へ。
こちらは、寛永8年(1631年)に京都の清水寺を模して建てられ、清水の舞台からは不忍池や弁天堂が見えます。

寛永寺清水観音堂寛永寺清水観音堂
寛永寺清水観音堂寛永寺清水観音堂
寛永寺清水観音堂
寛永寺清水観音堂寛永寺清水観音堂

さらに、歌川広重の「名所江戸百景」で描かれた「月の松」が、2013年12月に150年ぶりに復活し、その輪になった松の枝の中に弁天堂の姿を見ることができます。
輪の真ん中に弁天堂をおさめるには、松の真ん前に立たなければならないため、順番待ちして写真を撮りました。

寛永寺清水観音堂寛永寺清水観音堂
寛永寺清水観音堂
寛永寺清水観音堂

五條天神社と花園稲荷神社

清水観音堂の後は、しばらく公園内を歩いて、五條天神社と花園稲荷神社へ立ち寄ってみました。
公園から行くと、赤い鳥居が立ち並ぶところに出るので、その脇の坂を下って下の方からまわってみます。

花園稲荷神社

まず、五條天神社があり、その隣に花園稲荷神社が並んでいます。
階段を上って鳥居の道を歩いていくと、さきほどの場所に出るのですが、その鳥居の小道がとてもいい雰囲気で、都会の真ん中とはとても思えない。

五條天神社五條天神社
五條天神社五條天神社
花園稲荷神社
花園稲荷神社
花園稲荷神社花園稲荷神社

東京にこんなところがあったなんて知らなかったな~

大佛パゴダ

鳥居を出てさらに歩いていくと、チベット圏でよく見た仏塔のようなものを発見。

大佛パゴダ
寛永八年(1631年)に堀丹後守直寄公が釈迦如来尊像を当山に建立せられ、1660年頃青銅の大仏に改鋳された。
大正十二年、大震災で破損のため撤去する。(案内板より)

大佛パゴダ上野公園
大佛パゴダ

次から次へといろいろなものが出てきてかなり楽しい。
東京に暮らしていても、こんなにあちこち上野公園を歩いたことがなかったので、今回は新しい発見がいっぱいです。

重要文化財の上野東照宮

パゴダがある小山を下りて、「冬ぼたんが見ごろ」という案内に導かれ上野東照宮へ向かいます。
門をくぐると燈籠が立ち並ぶまっすぐな参道が伸び、脇には五重塔が見えました。
冬ぼたんは、「ぼたん苑」で観れるらしいのですが、別料金だったのでスルー。

冬ぼたん
昔、寒ぼたんは正月に縁起ものの飾り花として使われていました。
しかし生育が弱く今では「葉ボタン」がその主流となっております。
牡丹は普通、春(四月中旬~五月中旬)に豪華絢爛な花をつけますが、当宮では牡丹の持つ特質を活し寒中の花として「冬ぼたん」を開花させました。
雪のちらつく寒空に国宝東照宮金色殿、五重塔を背景とした雪除けの「ワラ囲い」の中でひっそりと咲くその姿は、みる人々の心をなごませてくれることでしょう。
冬牡丹咲きし証しの紅散らす 安住 敦
振り向きし人の襟足冬牡丹 松崎鉄之助
ひらく芯より紅きざし冬牡丹 鷹羽狩行
唐国へ通ふ心や冬牡丹 古賀まり子(案内板より)

上野東照宮
上野東照宮上野東照宮
上野東照宮上野東照宮
上野東照宮

参道を進んでいくと、金色に輝く東照宮の唐門に到着。日光の東照宮を彷彿とさせます。

東照宮
元和二年二月、見舞いのため駿府城にいた藤堂高虎と天海僧正は、危篤の家康公の病床に招かれ三人一処に末永く魂鎮まるところを造って欲しいと遺言された。そこで高虎の家敷地であるこの上野の山に寛永四年(1627年)に本宮を造営した。その後将軍家光はこの建物に満足出来ず、慶安四年現在の社殿を造営替えし、江戸の象徴とした。(案内板より)

唐門(唐破風造り四脚門)
日本には一つしかない金箔の唐門である。扉には梅に亀甲の透彫、門柱には左甚五郎作昇竜(右)降龍の高彫、門の側面左右上部の松竹梅に錦鶏鳥の透彫など非常に精巧を極めたものである。
昭和二十五年国重要文化財指定 唐門・社殿、透塀・大石鳥居(案内板より)

銅燈籠
東照宮社殿唐門前と参道に、五十基の銅燈籠が並んでいる。
燈籠は神事・法会を執行するときの浄火を目的とするもの。照明道具ではない。浄火は神事・仏事に使う清めた火。燈籠は上部から、宝珠・笠・火袋・中台・竿・基壇で構成されている。火袋は、八角・六角・四角などの形式に分かれ、各面には火口・円窓という窓を設けている。火袋下部の長い部分を竿といい、ここに銘文を刻みこむことが多い。
これらの銅燈籠は、諸国の大名が東照大権現霊前に奉納したもの。竿の部分には、寄進した大名の姓名と官職名・奉納年月日等が刻字されている。それによると、伊勢国(現三重県)津藩主堂高虎奉献の寛永五年(1628)銘一基をはじめ、慶安四年(1651)正月十七日奉献二基、同年四月十七日奉献四十五基、同五年孟夏十七日奉献二基となっている。慶安四年十七日は東照宮社殿落慶の日。その日の奉献数が最も多い。これら銅燈籠は、東照宮社殿とともに一括して、国の重要文化財に指定されている。(案内板より)

上野東照宮上野東照宮
上野東照宮上野東照宮
上野東照宮
上野東照宮
上野東照宮
上野東照宮
上野東照宮

この精巧な造りと美しさにしばしうっとり。
平日だったせいか、観光客も少なくてゆっくり見られるのもいいです。

特別展「大恐竜展」

そろそろ本来の目的地、国立科学博物館へ向かいます。
結局40分以上もあちこち寄り道してしまいました。

国立科学博物館は大噴水のある広場の脇にあり、建物の両側にはそれぞれ、大きなクジラのオブジェと蒸気機関車が展示されています。

国立科学博物館国立科学博物館

特別展「大恐竜展」への入り口は常設展示用のとは別で、チケットも1500円と少々お高い感じ。
常設のみだと600円(4月以降620円)ですが、特別展用のを買うと常設展示もそれで見学できます。
施設内は一部の展示物を除き、ほとんどが撮影OK(フラッシュ撮影や動画はダメ)。

国立科学博物館国立科学博物館

チケットを買い建物へ入ってエスカレーターで地下に下りていきます。
エスカレーターの天上からは、発掘風景の写真が何枚もぶら下がり、否応なく気分も恐竜モードに。
ワクワクしてきたところで恐竜の世界へ突入です。

特別展「大恐竜展」
モンゴル・ゴビ砂漠は、1920年に、アメリカのアンドリュース調査隊が、数々の発掘をしたことで、世界有数の恐竜化石産地として世界に知れ渡ることになりました。
以来ゴビ砂漠は世界中の研究者が夢見る、恐竜発掘の「聖地」のような場所になっています。
1993年には、日本とモンゴルの研究機関による共同調査が始まり、数々の目覚ましい成果を挙げています。
ゴビ砂漠の恐竜化石は変形が少なく、つながった状態で見つかることが多いのが特徴です。
これだけの規模でモンゴル・ゴビ砂漠産の実物恐竜化石を見ることができるのは、極めて貴重な機会となります。(パンフレットより)

国立科学博物館

マジで?

というくらいの「まさに恐竜」の化石の実物が、あちらこちらに並べられています。
本当にこんなのが地球上を闊歩していたのかと思うと、かなり面白い。

それにしても、恐竜というとゴジラとかネッシーとかピー助(ドラえもん参照)とかくらいしかイメージ湧きませんが(ウソ)、こんなにたくさんの種類が存在していたんですね~

ティラノサウルス類の子どもの化石
ティラノサウルス類の子どもの化石として世界でもっとも保存のよい標本。典型的な死亡姿勢で首が後ろに反りかえった状態で化石化している。
首の骨、胴体の前方、尾の先をのぞいて、ほぼ全身が関節しており、また左の前あしも肩から腕、指先にかけて、後ろあしも腰からゆび先まできれいにつながっている。
ふつうはバラバラになってしまう腹部の繊細な腹肋骨も関節状態で保存されている。(案内版より)

国立科学博物館
国立科学博物館

アラシャサウルス:レプリカ(左)
白亜紀後期のモンゴル産テリジノサウルス類は断片的な化石が多く謎の恐竜とされていたが、白亜紀前期の地層から見つかった本標本により、その全体像やテタヌラ類のなかまであることなどがあきらかになった。アラシャサウルスはモンゴルではなく、中国の内モンゴルから産出されたものだが、テリジノサウルス類の全体像を把握していただくために展示した。(案内板より)

ハドロサウロイド類:実物(右)
基盤的なイグアノドン類からハドロサウルス類への進化の中間段階にあたると考えられる標本で、新種として記載される予定のものである。ハドロサウルス類は、サウロロフスのように北アメリカとアジアで共通するものが産出している。ハドロサウロイド類の進化の過程における移動や放散などを考える上でも、ゴビ砂漠のこれらのハドロサウロイド類の研究は重要である。(案内板より)

国立科学博物館国立科学博物館

ヴェロキラプトル:実物(左)
尾は発見されていないが、それ以外の部分がほぼ完璧な標本である。背側に大きくまがる足の第2趾の末節骨にドロマエオサウルス類の特徴が見られる。胸の部分の骨格の中に、極端に薄い壁をもつ筒状の骨が入っており、ヴェロキラプトルが食べたものの一部である可能性が高い。このように非常に薄い骨壁をもつ白亜紀の動物としてはアズダルコ類の翼竜が候補としてあげられる。(案内板より)

プロトケラトプス:実物(右)
角竜類はジュラ紀後期にはアジアで最古の種が出現していた。白亜紀前期までの角竜類はプシッタコサウルスのように、角もフリルも発達していなかった。白亜紀後期になるとプロトケラトプスのように、フリルが顕著になっていった。白亜紀後期に角竜類は北アメリカに分布を広げ、北アメリカではトリケラトプスのように角も大きく、フリルも分厚く、全長6メートルをこえるケラトプス類が繁栄するようになる。2009年にウズベキスタンから角の大きなケラトプス類が、2010年に中国から頭骨だけだが、大型のケラトプス類が報告されるようになった。ゴビ砂漠の角竜はプロトケラトプスのような小型種ばかりだったのか、大型種がまだ発見されていないだけなのか興味深い。(案内板より)

国立科学博物館国立科学博物館

サイカニア:実物
頭骨をおおう皮骨板が多角形で大きく膨らんで発達していること、傍後頭突起と方形骨がゆ合しているなどの特徴をもつ。ホロタイプ標本だが、首から後ろの骨格は発見されていないため、別種かもしれない別個体の標本をもとに復元されている。(案内板より)

国立科学博物館

前半は、比較的小ぶりな恐竜の化石が続いていましたが、さらに奥に進んでいくと、ついに主役級の恐竜たちが現れました。

国立科学博物館

でたーー!

その巨体の迫力に、近くにいたちびっこと口をあんぐり開けて見入ってしまいました。
死んで骨だけになってもなお、これだけの威圧感を醸し出しているとは、まるで背中で語る大御所の役者のような感じです。

オピストコエリカウディア:実物(上右)
1977年に命名された新属新種のホロタイプ標本。首から頭にかけては発見されていないが、肩から尾にかけてはほぼ完全である。竜脚類の尾椎は前後面とも平坦かややへこんでいることが多いが、オピストコエリカウディアでは、前方の尾椎の前面が凸型に出ていて、後面が凹型にへこんでいるのが特徴である。これはティタノサウルス類の竜脚類に見られる派生的な特徴である。
ティタノサウルス類は白亜紀に繁栄したが、完全な骨格はほとんど知られておらず竜脚類の中でも謎が多いグループである。骨盤が幅広いことから、竜脚類の中でも左右のあしの幅が特に広い、がっしりとした体形をしている。本展ではオピストコエリカウディアの実物化石を使用した骨格の復元を行った。これは世界でもはじめての試みである。(案内板より)

サウロロフス:実物(下上)
鳥脚類はもともとは二足歩行だったが、サウロロフスなどのハドロサウルス類では前あしの指先がひづめ状になっていることから、四足歩行に移行していたことがうかがわれる。サウロロフスは北アメリカにも同属が分布しているめずらしい例で、アジアと北アメリカ大陸が陸続きだったことの根拠の一つとされている。(案内板より)

サウロロフス頭骨:実物(下下)
頭頂部には後ろに伸びる突起をもち、種の識別などの役割を果たしていた可能性が高い。この突起は中空ではなく、鼻から吸った空気を通して音を出すようなことはなかったと考えられている。鼻の穴のまわりに広く浅いへこみがあるので、そこに空気を吸った時に風船状に膨らむ組織があったかもしれない。(案内板より)

国立科学博物館

タルボサウルス:実物
北アメリカのティラノサウルスと近縁な、アジア最大の獣脚類。ティラノサウルスとくらべると、頭骨の幅が比較的せまく、前あしのヒジから先の部分が比較的短い。あごは頑丈で歯が太く、骨をも砕くような咬みつきが可能であったと考えられる。タルボサウルスの標本はゴビ砂漠から多数見つかっているが、この標本はその中でも最大級で、頭骨だけで長さが1.2メートル以上もある。(案内板より)

国立科学博物館

サウロロフス様やタルボサウルス様などは、まさにイメージ通りの恐竜です。実際にこの方たちが巨体を揺らしながら歩いている姿をナマで見てみたい。

「大恐竜展」恐竜研究室

巨大恐竜を見た後は、隣の「恐竜研究室」と銘打った部屋へ。
ここには、恐竜の卵や赤ちゃんの化石などが展示されていました。

恐竜研究室
ゴビ砂漠の発掘地から戻ってきた研究者たちは、採集した化石のクリーニング、そして研究を行い、その成果を発表していく。ゴビ砂漠の化石はさまざまな研究成果を生み出しているが、ここでは、近年特に注目される、恐竜の成長についての研究を中心に紹介する。(案内板より)

プロトケラトプス15体赤ちゃん:実物
小さな角竜類が、同じ方向を向いて寄り添うようにして発見された、眼の穴が大きく、また眼と眼のあいだがせまくなっているなど、子どもである特徴があらわれている。
これまで発見されているプロトケラトプスの最小の個体より約60パーセント大きいこと、15体がほぼ同じ大きさであること、周辺に卵の殻が発見されていないことから、彼らはふ化したばかりでなく、生後しばらく巣にとどまっていたと考えられている。いくつかの個体の前あしは、ふんばって前に進もうとしているように見えることから、砂嵐に巻き込まれて一緒に死んでしまった可能性が示唆されている。
15体もの子どもを産むことで、プロトケラトプスは一定以上の数の子どもが生き残るような戦略をとっていたことが考えられている。中国の白亜紀前期の地層から、同じく角竜類のプシッタコサウルスが34体で巣を作っていたと考えられる化石が発見されている。このことから、角竜類は進化の過程で一度に産む子どもの数を減らす傾向にあったらしい。(案内板より)

国立科学博物館
国立科学博物館

獣脚類のものと考えられる巣:実物(左)
細長い卵化石は、獣脚類のものと考えられている。卵は輪を描くように配置され、多いものでは30個以上の卵が2層に分かれて並ぶ。この標本のような巣の構造はオヴィラプトロサウルス類で一般的に見られる。獣脚類恐竜では左右二つの卵管が機能していたため、卵は二つずつ、ペアになって産み落とされる。(案内板より)

竜脚類のものと考えられる巣:実物(右)
球形の卵化石が10個まとまって保存されている。このような球形に近い卵化石からは、ハドロサウルス類や竜脚形類、テリジノサウルス類の胚が発見されたことがある。(案内板より)

国立科学博物館国立科学博物館

他にも、タルボサウルスの子どもが大人へと成長していく過程で、どのような変化があるのかなどの展示もありました。

国立科学博物館

ほんの一部をご紹介しましたが、とても見ごたえのある展示なので、興味のある方はこの機会に行ってみてはいかがでしょうか。
特別展「大恐竜展」の開催は2月23日まで。

企画展「砂漠を生き抜く」

「大恐竜展」のあとは、もうひとつの目的、企画展「砂漠を生き抜く」(2月9日で終了)を見に行きました。

国立科学博物館

企画展は、別棟の「日本館」でやっているのですが、この日本館というのは重要文化財で、旧東京科学博物館だった場所だそうです。
展示室は木の床で、なんとなく小学校の時に嗅いだワックスの匂いがする(気のせいかも)感じで懐かしい。

日本館(旧東京科学博物館)
日本館建物は、関東大震災により震災復旧を目的として昭和6年(1931)に完成した。ネオ・ルネサンス調の建物は、文部省大臣官房建築課の設計による。鉄骨鉄筋コンクリートで建設されるなど耐震・耐火構造にも注意が払われた。中央ホール上部などに使われているステンドグラスは小川三知のアトリエ制作で、日本のステンドグラス作品の中でも傑作といえる。また、建物の内外に使われている装飾性の高い飾りなども、戦後の建物には無くこの建物のみどころである。
上から見ると、そのころの最先端の科学技術の象徴だった飛行機の形をしている。
なお、平成20年6月に国の重要文化財に指定された。(案内版より)

国立科学博物館国立科学博物館
国立科学博物館国立科学博物館

「砂漠を生き抜く」の企画展の部屋に入るとラクダがお出迎え。
今までいろいろな砂漠(モロッコのサハラ砂漠ウズベキスタンのキジルクム砂漠新疆ウイグル自治区のタクラマカン砂漠ペルーのワカチナオアシスがある砂漠など)に行ってきたので、とても興味がありました。

国立科学博物館国立科学博物館

企画展「砂漠を生き抜く」
この展覧会では、砂漠という過酷な環境を生きる人間や動物、植物の姿を紹介します。砂漠では、動物や植物は体を変化させて環境に適応し、ヒトはそれを利用して暮らしています。そして砂漠に生きる人々が生み出した文化には、私たちのこれからの生き方を考えるヒントがあるのです。(パンフレットより)

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たくさんの写真や模型、実際に砂漠で使われている生活道具や服などが展示されていてとてもわかりやすい。
その中のいくつかをご紹介しますが、コーヒーにまつわる話が個人的に面白かったです。

砂漠の衣服~砂漠の暑さ寒さをしのぐ知恵~
砂漠では、湿度はそれほど高くないものの、強い日差しが照りつけます。そこで生活する人びとは、肌の露出をできるだけ少なくすることによって直射日光から肌を守ります。衣服の色は、太陽熱を反射させる効果がある白が基本になっています。
さらに、ゆったりとした衣服を着ることで、体と衣服の間に外気温より低い空気の層を作り、涼しく過ごす工夫があります。
また、砂漠といえども冷え込む夜間や冬には、動物の毛から作られた上着で寒さから身を守ります。(案内版より)

国立科学博物館

コーヒーの効能と文化~コーヒーの不思議な効果~
のどが渇いたとき、私たちは冷たい水を飲めばよいと考えがちですが、砂漠の暑さの中では、水はすぐに汗となり、体の中に水分がとどまる感覚がありません。スーダンやエジプトでは、熱い紅茶もコーヒーもよく飲みますが、特にコーヒーは、砂糖をたっぷりと入れ、コショウ、シナモンなど好みの香辛料を入れて飲まれます。
こうして飲むと、たとえ少しの量でも汗にならないで体が楽になるといわれています。このように、水分をコーヒーからとることは、乾燥地で少ない水を有効に摂取するための知恵といえます。(案内版より)

国立科学博物館
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コーヒーの歴史と入れ方
コーヒーの歴史には諸説ありますが、エチオピアで3世紀ごろ発見され、薬として飲まれていた伝承があります。そして6世紀ごろエジプトなどで広く飲まれるようになり、ヨーロッパへと広がっていきます。エジプト、スーダンで飲まれるコーヒーの豆は、主にエチオピアやエリトリアから輸入されます。
入れ方は、まずコーヒーの生豆を煎り砕いて粉にし、水、香辛料とともにポット(ジャバナ)や鍋に入れ火にかけ煮出します。それを別のポットに移しかえ(またはそのまま)、小さなカップ(フィンジャーン)にそそいで飲みます。(案内版より)

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コーヒーを楽しむ作法(スーダン)
スーダンのコーヒーショップは、屋根のないスタイルがほとんどです。コーヒーセットを注文すると、コーヒーの入ったジャバナ、フィンジャーン、砂糖、お菓子、リラックス効果のある炊いたお香も付いてきます。
それをゴザの上に運び、お香の香りと会話を楽しみながら、ゆっくりと時間をかけてコーヒーを飲みます。知り合いでも通りすがりの知らない人でも、ポケットからフィンジャーンを取り出し仲間に入る、これがスーダン流のコーヒータイムです。
外出のときには必ず、ベストのポケットにフィンジャーンを入れて出かけます。(案内版より)

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コーヒーをもてなす作法(エジプト)
エジプトで飲まれているアラビアスタイルのコーヒーは、男性同士の会合や社交の場で飲まれます。テントや室内にはカーペットや心地のよいクッションが置かれます。テーブルの内側に照明やお香を入れて焚く場合もあります。コーヒーの前にまずデーツが出されます。
給仕をする人は立って右手でカップを重ねてもち、左手でコーヒーポットをもってそそぎます。カップが空になると2杯目がそそがれ、ゲストがカップをふって「もうけっこう」というまで続きます。ゲストが「おかわり」をいわなくてもよい気配りが、エジプト流のもてなしです。(案内版より)

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なんだかトルコで飲んだ本格トルココーヒーを思い出しました。
粉をそのまま水に入れて炭火に直にかける方法も似ているし、もしかしたらここから伝わったのかもしれませんね。

どうしてラクダは人に馴れているのでしょう?
生態系の観点からは、人間が直接摂取することのできない植物エネルギーを、家畜を介して利用しているといえます。家畜というと肉の利用を思い浮かべやすいですが、もっとも基本的な食料は乳および乳製品です。たとえば、母ラクダが出す乳の半分は子ラクダが成長するためにあてられ、残りの半分を人が分けてもらっています。一方、人はラクダが生きていくために欠かせない水をくみ、それを分け合います。お互いがいないと砂漠を生き抜くことができないのです。(案内版より)

食糧になるラクダ
ラクダを飼っている人びとは、ラクダの肉や乳を食べ物として利用しています。砂漠では、ラクダ肉はいつも食べるものではなく、ラクダが年をとったときや宗教的な行事の時に食べられます。肉は脂肪が少なく、ほとんどが精肉として食べられます。乳はしぼってそのまま飲んだり、温めて飲まれます。また、温めたものを一晩おいてヨーグルトのように乳酸発酵させて飲んだりします。ラクダの乳はタンパク質を多く含むため、エネルギー源としても重要な食糧といえます。最近では、低脂肪でビタミンCが豊富な健康飲料として市販されるようになってきました。(案内版より)

左上:しぼりたての乳 右上:ボトル入りラクダミルク
左下:コブの脂身と一緒に肉をいためる 右下:ラクダ肉はかためだがうま味がある

国立科学博物館国立科学博物館
国立科学博物館国立科学博物館

燃料になるフン
ヒトコブラクダは木の葉を食べるため、フンは消化されなかった食物繊維でできています。フンの大きさは直径が2~3センチメートルほどで水分が少なく、ころころと丸いかたちをしています。木材が手に入りにくく貴重な砂漠では、乾燥させたフンで火をおこし、枯れ枝を燃やして調理などに利用してきました。ラクダのフンは砂漠のエコ燃料といえます。(案内版より)

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海を渡るラクダ~ラクダが海を渡るって知っていましたか?~
スーダン北東部の紅海沿岸には、牧畜をして暮らしている人びとがいます。彼らにとって、ラクダはいわば生活の「かなめ」になっています。彼らはラクダを舟代わりにしてサンゴ礁の島へ渡り、マングローブの葉を刈り取り、漁をします。ラクダは人間の足では痛くてとても歩けないサンゴ礁も、深さが2メートルある海にも平気で入ることができます。
ラクダが海を渡れるのは、周辺の地形や潮の流れを知りつくした人びとの経験があるからです。それでもときには潮に流されるなど危険がともなうので、行動は慎重になり、それが資源の乱獲を抑えることにもつながっています。自然に寄りそった暮らしが、資源を無制限に獲ることを防いでいるのです。(案内版より)

国立科学博物館

乾燥地研究のパイオニア小堀巌
地理学者小堀巌は砂漠の研究に一生を捧げた。小堀の研究の特徴は、砂漠の自然と歴史を十分に考慮したうえで、そこ生きる人びとの知恵や現代の生活から砂漠の未来を考えようとしたことにある。特に、カナート、カレーズ、フォッガーラなどと呼ばれる、地下水路に関する世界規模の研究は、研究者だけではなく世界中の多くの人びとに大きな影響を与えた。小堀巌は没する直前まで、砂漠におけるフィールドワークを繰り返し、周りの人びとは彼のことを「砂漠にとりつかれた男」と評した。(案内版より)

国立科学博物館

上の写真は、小堀巌氏のフィールドノートですが、砂漠の様子が事細かに記録されています。
本もたくさん出されているようなので、今度図書館で探してみよう。

砂漠は、観光として一時滞在する分には、日本での日常生活からはかけ離れた風景が見られるし旅情もたっぷり味わえますが、やはりそこで生きていくのはかなり厳しい。
とても勉強になる展示でした。

「ムーセイオン」でランチ

お昼の時間もだいぶ過ぎたので、地球館にあるレストラン「ムーセイオン」へ行ってみました。
時間は13時半ですが、まだ行列しています。
平日のこの時間でこれだけ混んでるなら、休日はいったいどうなってしまうのか・・

10分ほどで名前を呼ばれたので中へ入ります。
窓の向こうには地球館一階の展示が見下ろすことができました。

大恐竜展の記念メニューと迷いましたが、季節の特別メニューという「ムーセイオンセット」に決定。
「豚ロース肉のチーズ衣焼き野菜のトマト煮添え」とライス、コーヒーなどがついています。
味は普通ですが、ロケーションが面白いので一度来てみるのもいいかも。

「ムーセイオン」のランチ

「地球館」で日本の技術を見る

ランチの後は、地球館を見学してみることにしました。
地上3階から地下3階までボリュームたっぷり。その中でも、2階の「科学と技術の歩み」が面白かったので、少しご紹介します。

2階:たんけん広場・科学と技術の歩み
ここには、小惑星探査機「はやぶさ」の模型が展示され、はやぶさが平成22年6月に小惑星イトカワから持ち帰った微粒子を光学顕微鏡で観察することができます。

部屋に入って壁の向こうに周ると、一目で宇宙関係のものとわかる展示物がドーンと目に入ってきました。
若田光一さんのロボットアームで回収されスペースシャトルで地球に帰ってきた宇宙実験・観測フリーフライヤ(SFU)と、イトカワに行ってきたはやぶさ(模型)です。

か、かっこいいーー!

国立科学博物館国立科学博物館

世界初!小惑星イトカワからのサンプルリターンに成功
小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)は、惑星の重力を利用して探査機の軌道を変えるスイングバイ技術、イオンエンジンを主推進系に用いた世界初の宇宙航行、様々なセンサー技術を導入した自立型探査機技術(探査機ロボット化)、極小重力化でのサンプル採取と地球への回収(サンプルリターン)といった大きな実績をあげ、日本の宇宙開発技術の高さを証明しました。

■はやぶさサンプルの研究で分かったこと

  1. 小惑星イトカワが、地球に落下したある種の球粒隕石(コンドライト)と同じ特徴を持つことが分かりました。小惑星が隕石のふるさとであるという直接的な証拠が初めて得られました。
  2. イトカワは、大きな小惑星が壊れてバラバラになり、その一部の破片が再び集まってできた集合体(ラブルパイル)であることが分かりました。また、イトカワはどんどん小さくなっている可能性があることも分かりました。イトカワは1億年から10億年で消滅してしまうかもしれません。
  3. イトカワの表面では宇宙風化や摩擦等の作用により、粒子の色や形が変化していました。
    ※宇宙風化:太陽や宇宙から飛来する放射線や粒子によって物質に変化が起こること。(案内板より)
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小惑星探査機「はやぶさ」の模型
小惑星探査機「はやぶさ」が、幾多の困難を乗り越え小惑星「イトカワ」において採集したサンプルを地球に持ち帰ったことは、大きな感動を巻き起こした。このストーリーは映画化され何本かの映画が制作された。この「はやぶさ」実物大復元模型は、映画「はやぶさ 遥かなる帰還」(配給:東映 公開:2012年2月11日 主演:渡辺謙)の撮影用に製作され、科学の普及と振興に役立てるため「はやぶさ 遥かなる帰還」製作委員会より当館に寄贈いただいたものである。(案内板より)

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まさか、ここで「はやぶさ」や、イトカワから採取した本物の微粒子が見られるとは思っていなかったので、かなりワクワクしました。

他にも、航空技術や電子計算機などの発展にまつわるものがたくさん展示されています。
例えば、零式艦上戦闘機(零戦)や日本初のリレー計算機、国鉄(現JR)がはじめた座席予約業務の本格的なオンラインリアルタイムシステム、国産量産車のさきがけとなったオートモ号などなど、すごいものがたくさん見られました。

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その他の見どころ

ちょっと疲れてきましたが、せっかく来たのでとりあえず一通り周ってみました。

地球館1階:地球の多様な生き物たち

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地球館3階:たんけん広場・大地を駆ける生命

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地球館屋上
スカイツリーが見えました。

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地球館地下1階:地球環境の変動と生物の進化~恐竜の謎を探る~

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地球館地下2階:地球環境の変動と生物の進化~誕生と絶滅の不思議~

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地球館地下3階:宇宙・物質・法則
ここでは、宇宙関係のものが見られるのですが、一番奥に展示されている「霧箱」に感動しました。

■霧箱で宇宙から飛んでくる素粒子を見てみよう
霧箱は、素粒子が飛んだ道筋を見るのに使われた最初の装置である。ここにある霧箱の中には、上部からアルコールが蒸発し、-40度以下に冷却した底面に勢いよく拡散していて不安定なアルコール蒸気層が形成されている。このなかに宇宙線のような電気を帯びた粒子が飛びこんでくると、その道筋に沿って気体分子が電離しそこにアルコール蒸気が集まって小さな液滴が並ぶので飛行機雲のような飛跡が見える。地下深いこの展示場にまで達する宇宙線も見られる。自然環境中のさまざまな素粒子の飛ぶようすをながめてみよう。(案内板より)

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A:宇宙線
宇宙には高速の粒子が飛び交っている。その多くは陽子で、地球上空数百kmで空気中の窒素、酸素の原子核に衝突し、これらを破砕する。そのとき発生したミューオンが地上に達し、この霧箱に飛び込んでくる。飛跡は長くのびた直線となる。

B:電子
ガンマ線は宇宙から地上に降り注いでいるほか、地面や建物の材料にふくまれる自然の放射性元素からも出ている。ガンマ線はガラスを貫通して霧箱に入り、なかの気体原子の電子をたたき出す。霧箱の各所に見られる細く短い飛跡はこれらの電子による。

C:陽子
宇宙線によってミューオンが発生する際、中性子も発生する。中性子は地上に達して霧箱に飛びこみ、なかの気体分子の水素原子核(陽子)をたたき飛ばす。陽子はほかの気体原子核とぶつかりながら飛ぶので、曲がりくねった太い線の飛跡を残す。

D:アルファ粒子
霧箱のなかには、ガラスなどにふくまれる放射性元素の自然崩壊で発生したラドンガスがわずかに存在する。ラドンはさらに崩壊してアルファ粒子を放出し、このアルファ粒子が短く太い飛跡をつくる。これがアルコール蒸気の流れなどで上下に引かれ、膜状になる。(案内板より)

そして、実際の霧箱を見ると、ひょろひょろと動く青白い光をこのような感じで見ることができます。

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その綺麗さにじーっと眺めていたら、このコーナーの担当らしい案内係の男性がきて、いろいろと説明してくれました。その豊富な知識と説明の上手さは、こっち方面の先生とか何かをされていたのではないかと思うほど。

豊富な展示物もすごいですが、こういう専門知識を持った方の説明も聞けるというもこの博物館の魅力だと思います。

日本館
こちらには、天体・地震・日本列島に関するものが展示されています。
また地下一階には、「シアター36○」があり、360度スクリーンになった球体の中で、約10分間の映像と音楽を楽しむことができます。追加料金はなし。

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簡単にご紹介してきましたが、実際に見学に要した時間は5時間近くにもなってしまいました。それでも最後の方はもう疲れて軽く眺めるだけになってしまったので、全部をじっくり見ようと思ったら一日ではとても無理だと思います。

とにかくものすごい見応えがあり、国立ならではのここでしか見られないものもたくさんあるので、かなりおすすめです。

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