杏の花が咲き誇る春のパキスタン北部のフンザとバルティスタン地方の旅行記。イスラマバードからインダス川沿いにカラコルムハイウェイをひた走り、チラス、ギルギット、シガールを経てやっとたどりつくフンザの中心地カリマバードは、ウルタル、ラカポシなどの雪を頂く高峰に囲まれ、春は杏、秋はポプラが色づく風の谷の桃源郷。行く先々で出会う人々は子供から大人まで皆人懐こく笑顔で迎えてくれ、道中では名峰ナンガパルバットが姿を現す。日本とは規模の違う大自然の美しさと、ガンダーラ遺跡の歴史の美しさも併せ持つパキスタンの魅力を写真と共に綴る。
主な訪問地:イスラマバード~ベシャム~チラス~ジャグロット~シガール~カプルー~カリマバード(ハセガワメモリアルスクール)~ナガール~ホーパル氷河~ドゥイカル~アリマバード~ムルタザバード~ギルギット~シャティアール~タキシラ(ガンダーラ遺跡)
旅行時期:2010年3月~4月/利用航空会社:パキスタン航空/[外務省]パキスタン基本情報
フンザ旅行 評価:4.5 -kaycom
2010年3月26日。
今日から11日間、パキスタン北部のフンザへの旅が始まります。
今回は13名の参加で、内女性が8名。
ちょっと早めに成田空港に行き、空港内の美容院で髪の毛を短く切ってから集合場所へ向かいました。
ワクワクしながらツアーメンバーと添乗員さん(Nさん)の話を聞いていると、向こうの方から、見るからに危険なオーラを放つ不審物を台車に乗せて運ぶ爆弾処理班らしき警察の一団が、まわりの旅行客をどけながら、目の前を通り過ぎていきました。
爆弾(みたいな扱いよう)・・・
最後尾を固める賢そうな警察犬に一睨みされ、不吉な予感を抱きつつもメンバーとの顔合わせで気を取り直し、出国ゲートへ向かいます。
まずは、パキスタン航空で北京経由でイスラマバードまで約12時間のフライトですが、この飛行機がなかなかの曲者で、遅延やキャンセルが多いことからパキスタン航空のコード「PIA」をもじって、
Perhaps I Arrive(たぶん着くかも)
のように呼ばれたりもしています。
案の定、私達の便も45分ほどの遅延で離陸しました。
といっても、端からオンタイムなど期待していなかったので、逆にこの程度の遅れでよかったと、正直一安心。
さて、気になるパキスタン航空の乗り心地についてですが、事前にネットで調べてある程度の評判は知っていたのですが、総合的な感想として、
言われているほど悪くない
という印象でした。(今現在、燃油サーチャージもないということも魅力)
詳しくレポートすると、
そして、もっともパキスタン航空らしいと思ったのが、離陸前のコーラン。
おごそかに機内に流れ、みんなで無事着きますようにと祈りながら出発します。
北京まで約4時間半、そこで1時間ほど機内で待機し再び離陸。隣の席だった日本で働いているパキスタン人のおじさんと話しながら向かいます。
23時、やっとイスラマバードに到着…したと思ったら、なぜかそこはラホールという街でした。なんでも、イスラマが悪天候で着陸できないため急遽こちらに来たとか。
隣のおじさんの最終目的地は今降り立っているラホールだったのですが、当初の予定通り、イスラマ経由でないと降りられないようで、ずっと私達と一緒に機内に残っていました。
日付は変わり3時半。天候回復に4時間半待ってやっと離陸です。機内からは思わず拍手が。
本来なら、イスラマのホテルで一泊だったのですが、結局機内泊になってしまいました。
ラホールからたった40分で無事イスラマに着き、入国審査です。
パキスタンを観光する場合はVISAが必要なので、予め日本のパキスタン大使館で取得しました。
VISAの費用はたったの100円。
入国審査では、VISAと共に、機内で配られる入国カードを審査官に渡します。
ターンテーブルで荷物を待っている間に、両替所でとりあえず1000円分をルピーにチェンジ。
荷物を受け取り、日本人パスで税関をノーチェックで通過します。
パキスタンの空港というと、もっと厳重な警戒態勢で、緊迫したイメージがあったのですが、思いのほかのほほんとしていたのでとても意外でした。
時刻はすでに5時すぎ。
今日はこのあと7時10分発のギルギット行きの飛行機に乗る予定なので、このまま空港にいてもいいくらいですが、本来泊まるはずだった空港近くのホテルに朝食を食べに行くというので、時間のない中急いで向かいます。
朦朧としながらも、空港から出ていよいよパキスタンの地に足を踏み出すと、さわやかな朝もやの中、ちょうどコーランが流れていました。いきなりイスラムの空気に包まれます。
ついにきたーー!
これでもかという異国情緒な雰囲気に、否応なくテンションがあがります。
大勢集まっている現地の人の熱い視線を受けながら、今回のツアーガイドを務めるSさんと合流。
Sさんは、この間パキスタン大使館でやった説明会にも来ていた人です。
車は26人乗りのバンで、一応トヨタ。ドライバーのHさんは、とても笑顔の素敵なお父さんです。
スーツケースを屋根の上に積み上げさっそく出発。
ホテルの入り口で空港にあるような金属探知機のゲートを潜り抜け中へ入ります。
朝食に割り当てられた時間はたった20分。あわてて済ませ、再び空港へとんぼ返りです。
空港で国内線のフライトを確認をすると、目的地の天候が悪いため、予定していたフライトはキャンセルとのお達しが…。
この便は、天候でキャンセルになることが多いらしいのであまり期待はしていなかったのですが、もし飛べば、素晴らしい山岳が展望できると聞いていたので残念です。
しかし、そうと決まったらぐずぐずはしていられません。
急遽バンに乗り込み、陸路でまずはチラスへ向かいます。
チラスまでは約46Kmで、主にインダス川に沿ってカラコルムハイウェイを通っていくのですが、この道、ハイウェイとは名ばかりに、ひたすら崖っぷちのデコボコ道が続きます。
後に、メンバーの間で、
カラコルムトランポリン
と名づけられたバンの最後尾の席に座ると、その激しさがよりリアルに味わえます。
そして、この道路では、パキスタン名物のド派手なデコトラもお目見え。
Sさんの説明によると、デコトラに描かれている模様はモスクからきているものが多く、トラック本体より飾りのほうにお金をかけていて、収入の15%ほどもつぎ込むとか。
そのため、デコトラの運ちゃんたちは、自分のデコトラを日に何度も雑巾掛けをして、自分の体よりも綺麗に磨いているそうです。
途中、バザールや集落をいくつか通ったのですが、表を歩いているのはほとんどが男性で、仕事はもちろん、生活用品の買い物などもみんな男性がするそうです。一方、女性はずっと家にいて、家事や子供の世話をして過ごします。
そのうちの一箇所でNさんがおやつに果物を買ってくれました。お店には色とりどりのたくさんの野菜や果物が並び、とても鮮やかです。
14時半。
べシャムに到着し、ここのホテルで遅いブッフェのランチです。
思えば、日本を発ってから、テーブルに座ってゆっくり食べる初めての食事です。
メニューは、白いごはんとヌードル、野菜炒めにカレー、そしてチャパティなど。観光客用にアレンジしているのかもしれませんが、どれも癖がなく食べやすいものでした。
お腹が膨れた後は、再びデコボコ道をひたすら進みます。日も暮れ始め、山間の道はあっという間に暗くなっていきました。
パキスタンでは、街から街、村から村へ移動していると、その出入り口で警察のチェックを受けることが多いのですが、ここにきて私達のバンに銃を持った警官が乗ってきました。
なんでも、数年前にこの道で山賊が出たから、その護衛のために一緒に同乗して移動してくれるとのこと。
チェックポイントで警官が交代し、それが何度か繰り返されました。
最初はちょっと緊張しましたが、慣れてくるとこれが非常に頼もしく、真っ暗な山の中のドライブも安心して進むことができます。
そのうちの一人の警官に、老後はどうするのか聞いてみたら、
畑を持っているのでそれを耕して暮らすよ
と、私の父も言っていたような答えを返してくれました。
やがて危険地帯も過ぎて、その警官ともお別れし、やっとチラスのホテルに到着。
時刻はすでに23時になっています。
まずはホテルのレストランで軽く食事をし、疲れたのですぐに部屋に向かいます。部屋は白壁で民家風のとてもかわいらしい造りでした。
日本からここまでざっと2日目にして、やっとベッドで眠ることができました。
早朝、部屋からでると、目の前にインダス川が悠然と流れていました。エメラルドグリーンのゆったりとした流れは、なんだかとてもクリーミー。
朝食を済ませ、まだ出発まで時間があったので、広いホテルの庭を散歩してみました。
庭から真っ白な川原を見下ろすと、近くの住人が家畜を放したりしています。
そして、その先にはいくつかの住居があり、女性たちが洗濯などをしていました。
朝日の中でそんな光景を見ていると、昨日までの慌しさが嘘のよう。
7時半、ホテル出発。
今日の目的地はシガールという村です。
再びカラコルムハイウェイを北上。
しばらくすると、温泉が湧いているというポイントにきました。バンから降りて、岩から流れ落ちているお湯を触ってみると結構熱い。
ここで温泉宿や足湯をつくったら商売になるんじゃない?
などと話していると、ガイドのSさんが、
落石の危険があるし、パキスタンの人、温泉入りませんとのこと。
日本から来るといっても遠いし、残念ながらこの案は却下されました。
温泉でしばらく遊んでいると、向こうのほうからデコトラが走ってくるのが見えました。
カラコルムハイウェイを疾走するデコトラ
これはまさに、「THE カラコルムハイウェイ」というイメージにぴったりの風景です。
すかさずカメラを構え撮影。
近づくにつれ、本来人気のない山奥でたくさんの人にカメラを向けられている状況に、デコトラのドライバーも何事かと思ったらしくスピードを緩めてきました。
笑顔で挨拶を交わし、砂煙を上げ再び走り去っていきます。
それを見送り、こちらも出発。
カラコルムハイウェイを走っていると、いろいろなところで工事現場を見かけます。
この道は崖崩れが多いことや、拡張工事が今も行われていることが原因ですが、このような険しい地形の場所での作業は本当に命がけの重労働でしょう。実際、この道の開通までには何百人という犠牲者が出たそうです。
しばらく行くと、世界第9位のナンガパルバット(8126m)のビューポイントに着きました。
ナンガパルバットとは、ウルドゥー語で「裸の山」という意味で、世界で一番登山者の遭難が多い山だそうです。
山のほうを見ると、白くもやっていてどこがピークかなかなかわかりませんでしたが、よーく目を凝らすと、雲の間にうっすらと黒い山頂が覗いていました。
全景が見えなかったので残念ですが、この先も何度か見る機会があるのでそれに期待しましょう。
にわとりを満載したトラックや、日本語が書いてある車を何度も見ながら、ジャグロットという村につきました。
ここに架かっている橋を渡り川の向こう岸へ行かなければならないのですが、なんだかそこに通じる道が大渋滞になっています。
事情を聞くと、なんと橋が昨日の夜壊れ、現在新しい橋を新設中だとか。
それができるまでは車は通行不可で、しかもいつできるのかは人によって言うことがまちまちで要領を得ません。
まだツアーは始まったばかりなのに、まさか早くもここでおしまいかー!? orz
バンを降りて、ちょっと現場まで様子を見に行ってみると、重機が入り込み、壊れた橋のすぐ脇に一生懸命土を盛って道を作っていました。そして、その隣には人が通れる小さな橋が渡されています。
しばらく工事風景を眺めていると、あっという間に子供達に囲まれました。
普通ならここは素通りするだけなので、きっと外国人が珍しいのでしょう。
最初は遠巻きに見ていましたが、一旦言葉を交わすと、好奇心たっぷりの顔で近づいてきます。
子供達は覚えたての英語で自己紹介。
私も「Kaycomよ。」と自己紹介しましたが、他のメンバーの、
この人は魔女です。
という詐称により、不本意にも「マジョ」という名前で子供達の間に浸透してしまいました。
彼らは、発音しやすいのか、ウルドゥ語でもそういう単語があるのかわかりませんが、一瞬にしてその単語を脳に刻み込み、もうあとは、マジョーマジョーと大合唱…。
もしジャグロットに行くことがあったら、集まってくる子供達に、
マジョは知ってるか?
と聞いてみてください。
次に「マジョ」と呼ばれるのはあなたになるかもしれない。
さて、今後のツアー遂行の鍵を握る橋ですが、もういつ復旧するのか不明なので、NさんとSさんが検討し、これから行くギルギットで車をゲットし、こちらに向かうように手配したとのこと。
それが到着するまで、とりあえず近くのレストランでランチをすることになりました。
準備ができるまでの間、デコトラのたまり場があったので行ってみることに。ガソリンスタンドを兼ねた場所に、所狭しとド派手なデコトラが駐車しています。
私達が見学していると、すかさずそのドライバーたちが、なんだなんだと集まってきて、
俺のデコトラ見てよ
と、うれしそうに自慢の作品(デコトラ)へ連れて行ってくれました。
運転席の中も見せてもらいましたが、こちらも外見に劣らずハデハデ。実際に乗ってみると、ガタイの割りに結構狭い空間でした。
お礼を言って降りると、今度は、
俺はここのオーナーだ
という男性が現れ、併設されているオフィスに案内しれくれました。
立派な革張りの椅子と大きなデスク、応接セットが一組ある小さな部屋でしたが、そこでお茶をしていた人たちが笑顔で迎えてくれました。
もうすぐランチの集合時間だったので、すぐにおいとましましたが、突然あらわれた見ず知らずの外国人に対して、このホスピタリティは感動ものです。
ランチのお店に行くと、そこには橋を渡れないドライバーたちでいっぱいでした。
お店は半青空レストランで、お店の従業員は、私達日本人客を含めた大量のお客さんにてんてこ舞いの様子。
一角のキッチンでは、ここのボスが黙々と料理を作り、チャパティ職人は、釜に付きっきりで一心不乱に生地をくるくる回しまくっています。
フロア担当は若い青年と、まだ義務教育であろう少年のふたりで、注文の料理とチャパティをお盆にのせ、お客さんの間を忙しそうに走り回っていました。時折私達の撮影にも決して嫌な顔をせず笑顔で応じながら、テキパキと働くその姿にはメンバー一同思わず感心。
どこの国にいっても、一生懸命働いている姿というのは美しいです。
そのうち、まわりのお客さんとも言葉を交わすようになると、外人が珍しいのか、外にいる女性が珍しいのか、本当になんなのかわからないのですが、みんな携帯片手に、
写真を撮らせてください
との申し出が次から次へと舞い込んで来ました。
いつもの旅行では、こちらがお願いする立場なのでちょっと戸惑いましたが、かわりにこちらも撮らせてもらったりして、にわかに日パ親善撮影大会となりました。
そうこうしているうちに、私達の食事の用意ができました。
Nさんが持っていた非常食の乾燥ワカメのゴマドレッシングがけや梅干などの日本食と、このレストランで作ってくれたカレーいろいろと焼立てチャパティの和洋折衷の食卓です。
これはこれで、けっこう面白い。
私達がテーブルにつくと、そのまわりをあっという間に地元の人が取り囲み、私達の食事風景をじーーっと見学し始めました。いくつもの携帯カメラが向けられ、まるで動物園の檻の中にいるような感じです。
しかし、そんなことにも慣れてきたので、あまり気にせずいただくと、ボスの作ったカレーはみんなに好評で、癖もなくとても美味しかったです。中には新しい試みとして、チャパティにワカメを巻いて食べてる人もいました。
最後に甘くてあつあつのチャイでごちそうさま。
レストランにいたみんなとお別れし、ギルギットから向かっている車と合流すべく、再び橋のところへ向かいます。
まわりには、ピクニック気分で見学する人たちがたくさんいました。
しばらくバンの中で待っていると、向こう岸に車がついたようで、まずは、みんなのスーツケースを運ぶことになりました。
そこらへんに集まっている人を臨時に雇い、足場の悪い工事現場の中を運んでもらいます。
それが一通り済んだ後、今度は人間が向こうに渡りました。
ここまでドライバーをしてくれたHさんとは、橋が復旧するまでしばらくお別れです。
14時40分。
無事全員渡りきり、新しい車に荷揚げをして出発。
今回のドライバーさんはAさんという、寡黙なヘビースモーカーの青年です。
ジャグロットに着いてからおよそ3時間、予定からはだいぶ遅れをとってしまいましたが、なんとかツアー中止という最悪の状態は回避できました。
途中、インダス川とギルギット川の合流地点で写真ストップです。
ここは川だけでなく、三大山脈(ヒマラヤ山脈・カラコルム山脈・ヒンドゥクシ山脈)の合流地点でもあり、とても壮大な風景が目の前に広がっていました。
少し行くとカラコルムハイウェイから分岐して、今度はスカルドゥロードに入ります。
ジャグロットで時間をくったので、この分ではホテル到着は23時とか24時になるかもという報告が・・・。
しかし、若いAさんの運転技術はすごかった。
日本にいたらA級ライセンスは間違いないというくらいの巧みなハンドルさばきで、カーブ多発の真っ暗闇な崖っぷちを高速道路なみに飛ばしていきます。
おかげで、目的地のシガールに着いたのは、なんと21時半すぎ。
予定よりも2時間も早く着くことができました。
あとでこの時のことを他のメンバーと話したところ、みんなあの時、
ここで死ぬかも
と一度は思ったらしいです。
さて、今夜のホテルは、女子なら誰でも喜びそうな宮殿ホテルにお泊りです。
この宮殿は、昔この地域の富豪が住んでいた建物で、しばらく利用されていなかったのですが、現在ホテルとして復活させたということです。
ここには、増設された普通の部屋と宮殿バージョンの部屋と2パターンあり、どちらになるかはくじ引きで決定するとのこと。
気合で引くと、見事宮殿バージョンを当てることができました。
わくわくしながら係りの人の案内についていくと、なんだか、いかにも、
何か出ます。
というような雰囲気の薄暗い塔の中に入っていきました。
そして、そこに設置してある木の螺旋階段を足元を確かめながら上っていきます。
なんだか、宮殿に住む富豪というよりは、どちらかというと、その富豪の金銀財宝を盗みに行く泥棒のような気分。
ちょっと違う…
と思いながらも、まるで迷路のような内部にテンションは上がります。廊下を通り、屋上を渡り、再び階段を上るとやっと部屋につきました。
鍵を差し込み、木のドアを開けると、
か、かわいいーー♪
白壁に木の漆喰が張られ、床は木の板張りのなんとも温かみのある部屋です。
今までの泥棒気分が一変、お姫様とはいかないまでも、お嬢様くらいの気分は味わえそうでした。
荷物を置いて、さっそく夕食です。
外に出るまで若干迷い、係りの人に案内してもらって入り口近くのレストランに行くと、今までぜんぜん遭遇しなかった他の観光客と会いました。
一組は白人の家族連れ、もう一組はラホールからのこちらも家族連れです。
今夜のメニューは、カレーなどに混ざって魚の揚げ物もお目見え。どれも本当に美味しくて、パキスタン料理侮れません。
この日は居心地の良い部屋でとても気持ちよく眠れました。