
主な訪問地:バガン~カックー~インレー湖
細くてカラフルな仏塔が林立するカックー遺跡を現地の少数民族パオ族のガイドさんが案内。2000年に観光客に開放されたばかりの遺跡は、風が吹くと鈴の音色に包まれる。その後、独特の漁をするインダー族が暮らすインレー湖へ移動し水上ホテルに宿泊。
朝6時、ホテルで朝食。まだ時間が早いので私たちだけでした。
食べているうちにだんだんと明るくなってきたので、朝食の後、ホテルの中庭を散歩してみました。
とてもよく手入れされた庭で、大きなプールも完備。今回ほとんど部屋にいたのでもったいなかった~。
他にスパもあったりして、静かにのんびり過ごしたい人にはおすすめのホテルです。
7時前、ホテル出発。
バスの中で、ワナさんから今日の予定の説明です。
=====ガイド======
今日のスケジュールは、まずは飛行機でヘーホーまで約30~40分。9時ごろヘーホー空港を出発してカックー遺跡まで約3時間半移動。途中でパオ族のガイドさんをピックアップして同行してもらう。カックー遺跡周辺はパオ族の地域で、以前は内戦があった場所のため、ミャンマー人も自由に入れない。今は安全だが、ローカルのガイドさんを同行させることが習慣となっている。
ヘーホー空港からガイドをピックアップするタウンジーまでの道は綺麗だが、そこから先は狭くて工事中のところもあり時間がかかる。
12時ごろカックー遺跡について見学し、その後近くにあるレストランでパオ民族の料理のランチ。
食後、タウンジーでガイドさんを降ろしてインレー湖へ。ボート乗り場に17時ごろついて、そこから湖の中にある今日のホテルへボートで向かう。ホテルからは夕日が綺麗に見えるが、ちょうどその時間に着く予定。夕食はホテルのレストラン。米ドルも使える。
===============
ニャウンウー空港についてチケットをもらうと、行程表に記載の飛行機と違い、30分出発が早いのにかわっていました。また、経由便となると1時間15分ほどの所要時間になるらしく、その時間分がスケジュールに入っていましたが、今回は直行便なので予定よりはだいぶ時間が稼げそう。
搭乗時刻になり、歩いて飛行機へ向かい乗り込みます。
今回のフライトはとても短いので機内食はなくドリンクのみ。
眼下にはパッチワークのような畑が広がり、より田舎に来たなという感じです。
そしてあっという間にヘーホー空港に到着。
荷物が届くのを待っている間、タラップに綺麗な柄の飛行機がやってきたので撮影に行ってみました。(こういう自由な感じがとてもいい)
後で調べたら、ミャンマー・ナショナル・エアウェイズ (Myanmar National Airlines)の機体でした。
荷物をピックアップし外へ出ます。周りには何にもないですが、そういうところがとても好き。
バスに乗りこみ、まずはタウンジーまで向かいます。山道が続き、高台から見える景色が素晴らしい。
途中、100年以上前にイギリスによってつくられた鉄橋なども見えました。今でも一日2本の貨物列車が走っているとのこと。遠くにはインレー湖の一部ものぞき、その手前には温泉もあるそうです。
=====ガイド======
ミャンマーには山脈が3つあり、東、西、真ん中に走っている。全部がヒマラヤ山脈から続いている。今日は東の山脈の北部にあるシャン高原に行く。30くらいの少数民族が暮らしていて、中国、ラオス、タイと国境を接している地域。
今走っているのはヘーホーの町で、シャンの言葉で「山に囲まれた盆地」という意味。ここにしか平らで広い土地がないため、空港が作られた。
ヘーホーはヤンゴンとは違い涼しくて過ごしやすいせいか、大人しくて穏やかな人が多い。農業が盛んで自分の家で採れるもので食事が賄える。
これから行くカックー遺跡の「カックー」は、シャンの国とパオの国の「州境」という意味と、「林」という意味がある。カックー遺跡は2400基以上の小さな仏塔が林のように並んでいる。「カックー」はもともと「イノシシに助けられた」という意味の「ワックー」という言葉からきた。パゴダを作るときに手伝ったり、完成してからも悪い人から守ったりした。
シャン州地域は、シャン民族が最初に入ってきて一番人口が多いから「シャン」と呼ばれている。シャン民族はもともと中国にいたが、中国人が少数民族を支配下に置こうとしたため諍いが続いていた。しかしその諍いに嫌気がさして、新しい土地を探しに中国を出て行った。そして、今シャン民族が暮らしているミャンマーのシャン州や、タイ、ラオスなどに散らばって行った。そのため、その地域の言葉は半分くらいが一緒なので、文字は違うが会話は理解できる。
シャン民族の人は、自分たちのことを「シャン」とは呼ばず、「ダイ(大)」と呼んでいる。外部の人は「シャン」と呼ぶが、それは「凸凹(山に住む人)」という意味と、「綺麗な人」という意味がある。ミャンマーでは色白の人が美人とされていて、シャン民族は色が白いため周りからそう呼ばれている。
シャン民族のあとにパオ族が入ってきた。パオ族は、アフガニスタンとかパキスタンとかかからやってきて、まだシャン民族が住んでいない山の上の方で暮らすようになった。シャン民族が暮らしている盆地に比べ、山の上の方ではお米も栽培できず貧乏になっていった。そのため、シャン民族に雇われるようになり、貧富の差が大きくなった。
しかし、シャン民族が暮らしている地域でマラリアが大流行した年があり、多くのシャン民族が亡くなったり北部に移住したりした。そのとき、パオ族が山の上からおりてきて肥沃な土地で暮らすようになり、そのころからシャン州南部がパオ族の地域となってきた。
パオ民族は、普段から黒と青の民族衣装を着ている。黒は、寒い地域なので太陽の熱を集めるためと畑仕事などで汚れが目立たないようにするため、青は結婚式とかお祝い事のときのため。若者は民族衣装を着ない人もいる。
これから向かうタウンジーは、パオ族の中心的な街でミャンマーで5番目に大きい。今ではパオ族はそこまで強く豊かになってきた。なぜかというと、パオ族が住んでいる山の上の方には、自然にタバコの葉が自生していて、紙タバコはミャンマーでは大人気のため、それがたくさん売れたから。
パオ族のあとにいろいろな民族が移り住んできたが、その中で有名なのがインレー湖に暮らすインダー民族。彼らは、船の舵を足で操作することで知られている。また、首長族(パドゥン族またはカヤン族)も有名。
このシャン州地域はミャンマー一内戦が多い地域で、今でも山の奥の方でミャンマー軍と少数民族の反乱軍が戦っている。シャン州は、タイ、ラオス、ビルマの三カ国の間にある地域で、アヘンが簡単に手に入る世界でも有名なゴールデントライアングルになっているが、それが内戦が続く理由のひとつになっている。
ミャンマーは世界一の翡翠の産地。200tくらいの大きな翡翠もとれる。ミャンマー軍や少数民族の人たちは、その宝石など自国の資源を中国に売って武器を買うため、武器を提供する中国は内戦を止めない。内戦がなくなるかどうかは、中国の姿勢にも関わっている。
中国は、ミャンマーの母とも言われるエーヤワディー川にダムを作って水力発電をする計画を立て、一度はミャンマー政府と合意したが、ミャンマー人たちの反対にあい頓挫した。しかし、少数民族の内戦を止めさせる代わりに、その計画を復活させようという話がある。
===============
恐らく、ミャンマーに来なかったらこんな話は一生知らなかったと思う。。
町を抜け再び山を上がっていくと、そろそろタウンジーに到着です。
カックー遺跡を案内してもらうガイドさんをピックアップするため待ち合わせ場所へ行きそこでトイレ休憩。
通り沿いにはたくさんの露店がならび大勢の人で賑わっていました。
休憩後、民族衣装を着たパオ族のガイドのキュウさんとバスに乗りこみ出発。
ガイドは英語ですが、都度ワナさんが訳してくれました。
=====ガイド======
タウンジーはシャン州の州都で、「タウン」は「山」、「ジー」は「大きい」で、「大きな山にある町」という意味。
明日はお祈りの日なので、たくさんの人が市場に買い物に来ている。タウンジーには大学が4つあり、学生寮もある。そのうちのひとつタウンジー大学には約500人の生徒がいて私(キュウさん)もそのひとり。
左側の山の上にこの町で有名な「スーラムニー・ローカチャンター・パゴダ」がある。バガンのアーナンダー寺院の形を真似て建てられた。1994年に創建された新しいもの。
街の中には気球を飛ばす場所がある。この気球は、11月に行われるシャン州地域で一番有名な祭で使われる。この時期には各地からたくさんの観光客が訪れる。
これから行くカックー遺跡はタウンジーから42kmの距離。それほど遠くはないが、道があまりよくないので時間がかかる。
===============
街ではあちこち工事中で、途中、メイン通りからはずれて迂回路に入りました。住宅街の細い道で、よくこんなところをこの大型バスで通れるものだと、ドライバーさんのテクニックに脱帽。
迂回路を出ても乾いた土のオフロードが続きます。穴や溝をよけながらなのでスピードもあまり出せず、ガイドさんたちが言っていたように時間がかかる。
そしてタウンジーから1時間40分、ようやくカックー遺跡に到着です。
バスを降りて、できたばかりの建物でトイレ休憩。
このカックー遺跡は2000年に解放されたばかりなので、まわりにはまだ観光用の施設は少なく、これからどんどん開発されていく感じです。
建設中のレストランの脇を抜け、カックー遺跡の門へ向かいます。
一本道の先にたくさんの細い仏塔が立ち並ぶ姿はまさに壮観!
門の内側に入ると下駄箱があるので、そこで靴と靴下を脱ぎ裸足になります。
まずは、入口のすぐわきにある案内所へ。
=====ガイド======
ここに、パゴダの全体像がわかる写真があるが、遺跡を上から見ると仏足の形になっている。
約1平方キロととても狭いエリアの中に、2400基ほどの仏塔が密集していてパゴダ林とも言われる。この建物の後ろに小さな池があるが、そこに遺跡が写りこんだ様子はとても素晴らしく写真スポットとなっている。
===============
池がとても気になりますがそれは最後ということで、先に遺跡の真ん中の通りを通って反対側まで行きます。
去年嵐がきてたくさんの仏塔が倒れたということで、あちこちで修復作業が行われていました。
通りを歩き始めると風が吹いてきて、仏塔の先端の風鈴がシャラシャラと一斉に鳴り始めました。
その音は本当に心地よく、いつまでも聞いていたくなるような音色。最初はカックー遺跡の風景を見たくて来たのですが、すっかりこの演奏に魅了されてしまいました。
→ミャンマーの動画はこちら
=====ガイド======
仏塔にある鬼とか仏像のレリーフの色は青、仏塔の色はピンクと白だが、今では青が見えるところは少ない。仏塔は同じように見えるが全てデザインが違う。
数が少なく力の弱い少数民族が建てた仏塔なので大きさは小さいが、みんなの力を合わせるという意味で同じ場所に集まっている。それに比べ、力の強いビルマ族の仏塔は大きい。
===============
レリーフにはいろいろな意味や形があり、全部を説明すると今日一日ではとても終わらないとのことで、いくつかピックアップして説明してくれました。
例えば、下が醜い鬼で上がハンサムな神さまの像は、醜いと怖いは同じ意味で、鬼は戦争を意味し、上の神様が平和を表しているとか、
甲斐甲斐しく脚をマッサージしているのとか、よく見ていくと面白いのがちょいちょいあります。
いろいろなデザインの仏塔を見ながら少し行くと、涅槃像のあるお堂がありました。
=====ガイド======
普通涅槃像は横を向いているが、ここのは上を向いている。周りに撒かれた白いものは、1週間の修行を無事に終えた人たちが撒いたポップコーン。また、仏舎利のかわりともなっている。仏様を火葬すると、骨がこういう丸い球の形で多く出てくるという意味。
===============
涅槃像だけでなく、周りを取り囲むお坊さんたちがリアルに作られているのも珍しい。それぞれにちゃんと袈裟が着せられていて、大切にされているのがわかります。
このお堂にはもうひとつ見どころがあるのですが、それは、小さな出入り口の内側から外を見た時の風景。出入り口がフレームとなり、その中に仏塔を見ることができます。
一旦お堂の外へ出てパゴダの間を通っていきます。レンガのがオリジナルで、真っ白のはお化粧直しをしたものだそう。
奥の方に行くと、けっこう倒れていたり破損しているのもありました。
そして、カックーの名前の由来ともなり、パゴダの創建に貢献したイノシシの像もお出まし。
お寺の中へ入ります。
=====ガイド======
お寺の中にある仏像はカックーのオリジナルのものだが、中の仏歯はスリランカにある本物の複製。
メインの仏塔の周りに目が描いてあるが、それはバガンの方を向いている。昔はバガンから州境の川を船で渡ってここまできた。
今はミャンマーには仏像がたくさんあるが、アショーカ王時代までは、仏様と同じ像を作るのは失礼として、動物の像を作った。仏教で偉い動物である馬、ライオン、象、牛の像がある。馬のしっぽを触るとパートナーができ、お腹を触ると胃がよくなるなど信じられている。
===============
ここから外へ出ると、高台から州境の川が見下ろせます。崖には階段が設置されていて、川までおりることも可能。
また、川の向こうの山の形が妊娠している女性に見えるとのこと。
パゴダの敷地内に戻って、入口のところにある池に向かいます。
人気のポイントだけあって、人がいなくなるタイミングで写真を撮るのが難しい。なのでしばらく待つ覚悟で、時間に余裕を持っておいた方がいいかも。
この後、自由行動になったのでパゴダ林の奥へ入ってみました。奥の方は人がいなくて静かなので、風の音と風鈴の音色しか聞こえません。これはかなりの癒し空間。
もっといたかったですが、あっという間に時間切れ。後ろ髪引かれる思いでパゴダを後にしました。
ここは本当におすすめの場所なので、ミャンマーに来たらぜひ足を延ばしてみてください。
見学後は、カックー遺跡の目の前にあるレストランでパオ族料理のランチ。
壁がない屋根だけのお店には風が吹き抜けて涼しい。
濃いめの味付けでボリュームも満点。歩き周った後なので、とても美味しくいただきました。
食事の後、ガイドさんが希望者にパオ族のターバンを巻いてくれました。民族衣装は黒や青で地味ですが、ターバンはどんな色でもいいそうです。みんな、けっこう派手な色のをしていました。
バスに乗り、カックー遺跡を後にします。
これから、案内をしてくれたキュウさんをタウンヂーまで送り、インレー湖の入口ニャウンシュエまで、予定では3時間半ほどの移動。
1時間半かけてタウンヂーに到着。本当なら1時間で来られる道のりですが、道が悪くて時間がかかったそう。
キュウさんとの別れ際、民族衣装の写真を撮らせてもらいました。
トイレ休憩も済ませ、タウンヂーを出発。
30~40分もするとのどかな水辺の風景が広がってきました。湖の周りをサイクリングする人の姿もあり、気持ちよさそう。
タウンヂーから1時間ほどでニャウンシュエに到着です。
ニャウンシュエのボート乗り場から小型ボートに分乗して、本日泊まるインレー湖の「ミャンマートレジャーリゾート」」へ向かいます。
ボートには4人ずつ縦に一列に並んで乗船。船頭さんが一番後ろでエンジンと舵を操ります。
それぞれ席にはライフジャケットと、水除けの傘が装備。水面が近く早いスピードで進むので、後ろの方の席に座ると水しぶきが結構飛んできます。
出発してしばらくは両脇に建物が並ぶ運河を航行。
建物がなくなり視界が開けると、左側に山の連なりと、右側に夕日が見えてきました。風も涼しくて気持ちいい。
そして運河を抜けて海のように広いインレー湖が広がると、地元のインダー族の人たちが行う独特の漁の姿も見られました。
さらに奥へと進んでいくと、遠くの方にたくさんのコテージが並んでいる光景が見えてきました。あれが、水上に建つ今日のホテルです。
ホテルに近づくとその全貌がわかってきましたが、かなり開放的でリゾート感抜群な感じ。
ホテルの船着き場でボートを降りて桟橋を上がっていきます。振り向くと目の前にインレー湖が広がり、その向こうに夕日が見えました。
ホテルにつくと、ウェルカムおしぼりやドリンク、お菓子でのおもてなしがあり、ちょうどインダー族の漁のパフォーマンスも行われていました。
夕日の中で小さな小舟がシルエットになりとっても情緒的な風景です。舟の舳先に片足で立って、片足で舵をとり、カゴと網で漁をするスタイルは、ここでしか見られないそう。
ロケーションも抜群で、これからの滞在が楽しみなホテルです。
部屋の鍵をもらって、水上に続く通路を歩きコテージへ向かいます。
ほぼ同じ形の部屋が通路脇にずらりとならんでいてなかなか壮観な風景。
通路の一番奥の部屋に案内され中に入ると、思わず声を上げてしまったほど素敵な内装でした。
若干、床がななめだったり、窓に隙間があったり、ドアのたてつけが悪かったりと、手作り感が満載ですが、お客さんに喜んでもらおうという気持ちが伝わってくる作りです。
さらに部屋にはテラスが付いていて、そこでお茶をしたり本を読んだりするのも可能。wi-fiも完備なのでネットもOK。
私の部屋は岸の方を向いていたので、レイクビューというには少々物足りなさがありましたが、それでものどかな景色をみながらぼんやりするには十分です。
部屋の中を一通り見た後は、夕暮れの中のホテルを散策。
バーやお土産屋さん、バーベキュースペース、レストランなど水上とは思えないほど充実した設備です。
どこを歩いていても湖が見える上、まわりには何もないためとても静か。最高に心地よいロケーションです。
色々見ているうちにだんだん暗くなってきたので、このときはロビーのあるところまでで終了。反対側にもずらりとコテージが並んでいてかなり広いので、残りは明日以降に探検することにしました。
ホテルのレストランで夕食です。
レストランはかなり広く内装もおしゃれ。ステージでは、宿泊客の国の歌の演奏がされていました。
テーブルにはこの日のメニューが置かれ、内容をみると伝統的なミャンマー料理のようです。
出される料理は食器や盛り付けが工夫されていて、見た目にも美しい。
日本の歌で盛り上がった夕食が終わり部屋へ戻ると、なんとターンダウンがされていました。
天蓋が降ろされ、ベッドの上には湯たんぽも完備。
テラスへ出てみると、真っ暗な闇の中にコテージの灯りがポツポツと灯り水面に映っています。
あたりは、かすかにレストランから聞こえる歌声の他は自然の音しか聞こえずとても静か。
満天に広がる星空の下、ぐっすり眠ることができました。
ミャンマー旅行のお役立ち情報
ミャンマー写真素材
夕陽に染まる仏教建築群は必見!ミャンマーの古都バガン
落ちそうで落ちない!ミャンマー「ゴールデンロック」の写真スポットと道のり
水上村が広がるミャンマーの「インレー湖」をボートで巡る
ミャンマーの水上コテージ「ミャンマートレジャーリゾート」はインレー湖の夕日の名所
仏塔が奏でる音色に感動!ミャンマー「カックー遺跡」を巡る
世界でここだけの場所も!ミャンマーの大都市ヤンゴン